名列車列伝特集 06-6「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!6」

(N)さて、昭和35年の「はつかり」用気動車として登場したはずの81系。しかし、デビュー仕立ての彼に対する期待は、逆に失望に変わってしまうという事態に至りました。
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(Kt1641F)しかし、そこを無事に乗り切った後に待っていたダイヤ改正、それこそが「サン・ロク・トオ」と呼ばれる全面ダイヤ改正だったことになります。今回は、その改正で登場した「はつかり」の傘下に属する列車たちについて、お話していきます。
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(Hs1208F)ということで、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」より「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!」第6回をお届けします。
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(キハ81型)確かに、「サン・ロク・トオ」の7カ月前に当たる昭和36年3月1日に小規模ながら改正が行われていたのですが、この時、「はつかり」は45分の時間短縮を行っています。実はこれで2度目の時短でしたが、1度目は、蒸気機関車時代に、行っていました。実は、12時間と半日かかっていたのが、30分短縮となっているので、実質上は、1時間15分の時短となったわけです。これも初期故障を克服したのですが、今度は、弟の方で、問題が発生という事態が起きてしまったのです。
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(キハ82型)実態では、私は、「白鳥」と「みどり」で故障を起こしてしまうというハプニングに見舞われます。そのため、わずか1月前という中で、「白鳥」は開業に間に合ったのですが、大阪と博多を結ぶ「みどり」は当分の間は運休という事態に直面するのです。
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(Kt1641F)トラブル続きですね…。しかし、この改正で新たな特急列車ができたと伺いましたが。
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(クハネ583型)後に僕もかかわってくるのですが、「ひばり」という名前の特急が、この年から走り始めているのです。ただ、扱いは不定期でしたが。
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(キハ81型)どうして、こうなったのかにはわけがあります。実は、関東圏と東北の主要都市である仙台を結ぶには、二つのルートが存在し、そのうち、海側を走るルートがメインとなっていた時代でもありました。それにならって、「はつかり」は青森駅に向かっていったのですが、東北地方の中心都市は、主に内陸側が中心であったことを考えると適切ではありませんでした。
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(キハ82型)そのため、東北本線上の諸都市を結ぶ特急の運転が不可欠となったのです。そこで登場したのが「ひばり」ですが、この列車には、ほかの運用も組まれておりました。それが、今掲げているヘッドマークでお分かりの通り「つばさ」だったわけです。
(VT601型)ということは、「共通運用」が組まれていたということですか?
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(キハ82型)そういうことです。つまり、雪をかき分けて秋田から出てきた、と思ったら、次は仙台に行ってこいといわれて…という状況ですから。
(N)確かに、その通りといえば、その通りですが、当所の特急「つばさ」では、「ひばり」の10分後に到着するため、この運用は組めなかったといっても過言ではなかったということになります。
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(Hs1208F)編成だけが、共通だっということですか?
(N)その通りです。つまり、列車としては、このスパンが1日ごとに来るということだったのですよ。
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(キハ82型)そのため、結果的には、初期故障を乗り越え、よく昭和37年4月には、「ひばり」が不定期特急として、誕生。実は、この間に8か月間の空白を、初期故障の撲滅に費やし、そのあとで、正式に特急列車系統として仲間に加わりました。
(フリーゲンダ―・ハンブルガー)徹底的に、故障を徹底的に克服したというわけだったのですね。
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(キハ82型)そうです。しかし、奇しくもその1年後には、「つばさ」に増結車両が登場。それがのちの新幹線系統の基礎を作った「やまびこ」として発展していきます。なんと、「つばさ」は2階建て列車に変身したのです。
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(クハネ583型)ところが、「つばさ」の2階建車両化で、特急列車だけでなく、昭和37年では、急行列車に大きな改革が起きていたのです。それが451系が登場。電車急行の登場があったのです。
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(Hs1208F)ま、待ってください! それだったら、どうして特急車両を電車化しなかったのですか?
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(キハ82型)実は、「つばさ」との車両共通化が影響していたのですよ。
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(Kt1641F)やはり、そういうことですか…。そのために、「ひばり」は気動車化のまま、とどめたということだったわけですね。
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(キハ82型)そうですよ、しかし、特急「ひばり」「盛岡つばさ」が、電車化されるのは、それから「盛岡つばさ」新設から2年後、東北本線の部分電化が盛岡駅まで達した時になってからです。しかし、特急「はつかり」が名実ともに、東北本線と青函連絡のエースとして活躍していくことになります。ということで、次回は、「ひばり」と「盛岡つばさ」あらため「やまびこ」電車化後の昭和40年からの3年間についてお話します。次回をお楽しみに。