名列車列伝特集 06-11「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!11」

(N)さて、東北本線及び常磐線経由で青森駅に直通する特急が、勢力を伸ばすと同時に、昭和43年10月以降に電車特急として飛躍を開始したのが、「やまばと」と「あいづ」です。しかし、既存の「ひばり」と「やまびこ」はどういうことになっていったのでしょうか?
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(Kt1641F)実は、両者とも需要に対応して、前者は重要性を増した対南東北都市間特急の重鎮として、後者は、中部東北の要として、発展を始めます。そして、もう一つ、常磐線の特急として「ひたち」の活躍もこのころです。ということで。
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(Hs1208F)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」より「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!」の第11回です。
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(クハ481型100番)実は、東北本線特急のうち、「ひばり」は昭和40年10月のダイヤ改正から、昭和43年10月の「ヨン・サン・トオ」改正で3往復増やして5往復化します。実は、「ヨン・サン・トオ」から「ひばり」の快進撃は始まったのです。
(VT601)しかし、すごいですね。所要時間が最速で3時間58分という列車もあったそうですね。
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(クハ481型200番)実は、全列車が4時間切りをしていたのですよ。
(VT601)すべての列車がですか?
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(クハ481型100番)そうですね。実際、昭和52年の時刻表では、一番遅くても3時間59分ですが、4時間を切っていた状態でした。この後飛躍的に往復数を伸ばすのは、昭和45年10月1日の「ヨン・ゴオ・トオ」改正で、この時には、「ひばり」は往復数を2往復に増やして、7往復としました。それから2年後にL特急、という名称となったのです。
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(クハネ583型)実は、「はつかり」も昭和53年10月に、L特急を名乗ります。しかし、昭和47年に、このL特急を名乗ったのが「ひばり」ともう一人いたのです。それが「ひたち」です。
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(クハE657型)えっ! わたくしの先輩の車両が⁉
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(クハ481型200番)実は、5往復ですが、「ひたち」も同じ道を歩んでいたのです。昭和44年に「ひたち」が登場して以降、気動車特急で運転されていたのですが、電化区間を走る気動車特急というのは、珍しいですよね。
イメージ 6(クハE657型)そうですね。どうしてなのですか?
イメージ 4(クハ481型200番)この当時、80系気動車特急の「いなほ」との共通運用が組まれていたことと関係しております。そのため、奥羽本線の秋田駅から青森駅までの区間と、羽越本線の電化が完成した昭和47年に電車化が決定し、同時に行先が、3方向となって、いわき(当時は平)駅、原ノ町駅、仙台駅に到着する列車に建て替えられたのです。この時は、いわき駅と原ノ町駅に、それぞれ2往復、仙台駅には1往復が運転されていたのです。
イメージ 6(クハE657型)知らなかったです。仙台駅まで行っていたのですね。
イメージ 4(クハ481型200番)君の先輩が、その伝統を守っていたのは、5年前の「東日本大震災」までだったわけですが、その震災が、「ひたち」系統の運命をも変えてしまったわけですから…(T_T)。
イメージ 5(クハネ583型)一方で、この系統から漏れたのが「やまびこ」だったわけですが、実は、「ヨン・サン・トオ」以降も、1往復しかない状態でした。
イメージ 1(Kt1641F)どうして、こうなったのですか? 「はつかり」は2往復に増やし、「ひばり」は物凄いペースで増えていっているではないですか?
イメージ 5(クハネ583型)実は、距離的にも、需要としても中途半端な部分が露呈したというのが正しいのですよ。確かに、昭和50年に痛み分けで、「はつかり」と「やまびこ」は往復数が同一となったのですが、3年後には、早くも1往復を「はつかり」に持っていかれて、逆転させられた部分もありました。「やまびこ」が東北本線特急の主役に躍り出るのは、昭和57年以降、要は東北新幹線開業以降となるわけです。
イメージ 4(クハ481型200番)一つ補足をすると、昭和45年までは1往復体制だったのが、昭和47年に2度の改正のさなかに、4往復増発されるという急成長を遂げています。昭和47年の東海道山陽新幹線の岡山駅開業が、密接にかかわってきます。この当時の特急車両多くが、山陽方面に投入されていたのですが、この特急は昭和50年を境に、東北本線特急の増発用に、車両収容量確保のための増結用に回されていくのです。
イメージ 2(Hs1208F)すごい勢いですね。それでは、路線の収容量がパンクしませんか?
イメージ 3(クハ481型100番)確かに、君の懸念した通りのことを、国鉄上層部は予想していました。おりしも昭和47年は、「第一次オイルショック」とも重なります。そのため、東北本線だけでなく、上野近郊を走っている「特急」のすみわけをするのに、新幹線化はもはや待ったなしの状況となってしまったというわけです。
イメージ 1(Kt1641F)そうだったのですね。
イメージ 5(クハネ583型)そして、「みちのく」についてだけど、今回は、「ひばり」と「やまびこ」に、「ひたち」だけで、こんなに時間を取るとは思わなかったから、次回に回していいですか?
イメージ 2(Hs1208F)そうですね。ナレーターさんどうでしょう?
(N)そうですね。そうしましょう。
イメージ 5(クハネ583型)ということで、次回は「みちのく」と「やまばと」、「つばさ」の昭和50年までのお話をしていきます。それでは、次回をお楽しみに。
イメージ 1(Kt1641F)エンドコールありがとうございます。