名列車列伝特集 06-12「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!12」

(N)本日は、台風でどこにも出かけられずです。
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(Kt1641F)確かに、そうしたほうがいいとニュース報道はありましたが、会社はそうもいかないという話ですし。
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(Hs1208F)そうですよね。学校なら暴風警報などで、大変ですものね。責任問題にもなりますし。ということより、本日の話題の2本目の話に入らないと…。
(N)そうでした。
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(Kt1641F)さて、東北本線特急が増便することになっていくと同時に、その需要にこたえていったというのが現状でした。その中で、ほかの路線で活躍していた奥羽本線特急2雄はどうしていたのでしょうか。そして、かつての「はつかり」ルートに沿った「みちのく」、さらに、会津を根城とした「あいづ」はどうしたのか、それについてお話していきます。
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(Hs1208F)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」から「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!」の第12回です。
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(クハネ583型)初めに「みちのく」から始めます。実は、私が列車の担当して同じ路線なので、そこから始めます。もともと、常磐線経由の急行としては歴史が古く、昭和25年のに始まった201・202列車が起源とされております。
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(クハ481型200番)ずいぶん昔から登場したのですね。
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(Kt1641F)確かに、第1回でお話しておりましたが、その話がなぜまた…。
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(Hs1208F)そうですよね。矛盾されておりますよ。
(N)いいえ、矛盾しておりませんよ。
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(クハネ583型)実は、常磐線経由の列車として、急行となっていたのですが、気動車急行になったとたんに、大掛かりな魔改造を施されたのですよ。
(N)それについては、面白い話があるのですよ。
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(クハネ583型)実は、この列車は58系気動車が登場したことによって大きく変えられたのです。どうしてか?
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(クは481型200番)気動車列車の最大の特徴は、分割併結ができること。
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(Hs1208F)つまり、分割できる方向が多種多彩…。
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(クハネ583型)そういうことで、実は行先が、めちゃくちゃになってしまったのです。似たようなルートで青森駅に直通させた「八甲田1・1号」は、上野駅を出ると青森駅と、盛駅、久慈駅に、「みちのく」は上野駅から弘前駅と宮古駅、鳴子駅に到着する列車だったということになるのですよ。
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(Kt1641F)3駅同時って…。いくらなんでも(-_-;)。
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(クハネ583型)詳しい話は、「迷列車で行こう『速達編』」の第10回と第11回が詳しいので、そこに譲るのですが、その後、「十和田」の増発などの事情も絡み、昭和45年の10月にいったん消えることになったのです。そして、特急されることが決まったのが、昭和47年3月ダイヤ改正で、そこで特急列車として復活するのですが、奇しくもそのルートが気動車時代の「はつかり」をなぞる形になったのは、運命といえばいいのかもしれません。
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(クハ481型200番)その後どうなったのですか?
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(クハネ583型)実は、生まれたての「みちのく」は「1・2M」の「はつかり」の前に東京上野駅を出て、青森駅に至るというダイヤを組んでいました。昭和50年のダイヤでは、上野駅を出発するのが、「はつかり5号」の1時間半前に当たる午後2時48分、青森駅には午後11時48分に到着し、所要時間は、合計9時間でした。「はつかり5号」は上野駅を4時ちょうどに出発して、青森駅には深夜の0時15分着。所要時間は合計8時間15分と最速タイムだったわけですよ。
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(Hs1208F)早いですね! 当時の在来線では最速だったのではないですか!
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(クハ481型200番)確かに、最速列車は、583系さんの独断場だったわけですし、私は一生、その速達列車を任せてはくださいませんでした。一方で、「つばさ」と「やまばと」はどうなったのかといいますと、「やまばと」は山形電化が進んできたこともあって、485系を使用して「ヨン・サン・トオ」改正以降は、電車特急化されておりましたが、「つばさ」に至っては、奥羽本線の電化工事が難航したこともあり、最終的に7年もの歳月をかけて奥羽本線は全線電化を成し遂げるまで、電車化はお預けとなってしまいました。その反面「あいづ」は東北本線の電化と同時に、電車化されたのですが、こちらは、あまり需要がなかったのか、1往復しか存在しないという状態でした。実を言うと、ほかの列車で上野駅から郡山駅までがカバーできたこともあって、伸びなかったことも背景にありました。
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(クハE657型)いろいろいたのですね。
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(クハネ583型)確かに、私が現役で走っていたころは、「はつかり」が長距離を担当し、「ひばり」が短距離のエースで君臨していたころです。しかし、急行も忘れてはならないのですが、そのころの比率は、急行と特急がほぼ半分半分という状態か、少し上回るというところでした。ただ、昭和50年3月改正以降と昭和57年の東北新幹線開業で、彼らの運命は一変することになります。
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(キハ181型)それで、私も含めて多くの気動車特急車両は方々に散っていきますし、実は、羽越本線経由の特急についても、話していなかったので、その話に少し寄り道してみてもいいのではないでしょうか?
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(クハネ583型)キハ181型さん。それを忘れておりましたが、資料があまりないのですよ。どうしようもないですよ。
(N)あとで、私が調べますので、少しお待ちを…。
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(Kt1641F)ナレーターさんが調べなくても…。ということで、次回は、昭和50年3月以降の話をしていきます。「はつかり」とその仲間たちに降りかかる運命とは、それについては、前後編2部編成でお届けします。それでは。