名列車列伝特集 06-13「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!13」

(N)大変だったようですね。
イメージ 1(Kt1641F)そうですね。わたくしもこんなことになるとは思いもよりませんでした。
イメージ 2
(Hs1208F)むしろ、私と同じ運用についていた同僚からは、「なんで、こんなことが起きてるんだ?」と、近鉄の人に対して、聞くこともあったので…。近鉄の車両も「なんでなのか、わからない。」と首をかしげていたそうですし。
イメージ 3
(クハネ583型)何の話ですか?
イメージ 1
(Kt1641F)実は、近鉄奈良線東花園駅のトラブルが、発生時から4日もたつのに、まだまだSNSでは話題沸騰中でして、「Yahoo!ニュース」でも取り上げられているのですよ。
イメージ 4
(クハE657)そういえば、最近クレーマーというのが、世に出てから10年近く経ちますよね。私のところでもそうだったのですが…。
(N)やはり、表ざたにならなかったからこそ、出てこなかったのかもしれません。ということで、本日の話題の2本目に入るのですが、昭和50年3月に向けて、特急列車の使用体制は整い、東北本線は2頭体制に移行し、短距離を「ひばり」、長距離を「はつかり」として、その補完に「やまびこ」と「みちのく」が、短距離区間では、「ひたち」が活躍するという流れが生まれていきました。このダイヤ改正からほどなくして、時代の渦に巻き込まれます。
イメージ 1
(Kt1641F)そして、その中で「はつかり」を中心とした特急に主な奴婢劇が降りかかるのです。
イメージ 2
(Hs1208F)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!」の第13回です。
イメージ 5
(クハ481型200番台)実は、昭和50年3月のダイヤ改正は、ものすごい改正でした。上野駅を出発する最速「はつかり(1・2M)」は、所要時間8時間15分に短縮しており、「ひばり」で3時間58分ですが、「やまびこ」では6時間8分と実際に言うと、最速のスピードを記録していたのです。あと一歩で8時間の壁を切るところまで来ておりました。
イメージ 3
(クハネ583型)それは、大げさだけど、これから8カ月もあとになるのですが、「つばさ」の電車化も決定されて、485系系列で運転学会視されることになります。この時点では、485系のバリエーションも3種類増えて8種類になるのです。一つは平坦路線担当として、昭和48年に300番(「つばめ」編で紹介済み)が、昭和51年からは登坂強化型の1000番が、さらに、特急用としては極寒地域に対応する予定で製作された1500番が投入されることになります。
イメージ 6
(クハ481型100番)実は、急行系統でも一つのエポックメイキングなことが起きていたのです。実は、速達「はつかり」に匹敵するスピードを誇った「くりこま」です。この最速急行の詳しい話は、「迷列車で行こう速達編第9回」で詳しく解説しておりますが、少し触れておきますと、当時の定期昼行及び夜行急行を、あっさり抜くという離れ業をやっていました。確か、ナレーターさん。昭和55年の時刻表をお持ちと伺いましたが…。
(N)ええ、持っておりますよ。
イメージ 5
(クハ481型200番)実は、「くりこま」は急行ですが、特急「はつかり」の最速版には足下も及びませんが、昭和55年の時刻表では、仙台駅から青森駅間の「くりこま1号」は4時間49分で、オーソドックスな「はつかり」でも4時間32から35分、最も遅い「はつかり」では、4時間40分かかっておりました。
イメージ 1
(Kt1641F)えーっ! 特急にも迫る急行って…Σ(・□・;)。
イメージ 2
(Hs1208F)しかも、それは…予想できなかったことです。
イメージ 3
(クハネ583型)実は、わけがあって、実は特急「はつかり」は朝早くに出発した場合、青森駅の到着はどう頑張っても午後4時以降で、この前に接続できる列車は、4時以前の急行で到着するのは、一便前が急行「くりこま3号」の午後3時14分着となるうえ、その前が、盛岡駅午前10時31分発青森駅行き普通(ロングラン普通)で、午後2時24分と、便数は少ないという状態だったため、急ぎのお客様を乗せるためには、この「くりこま1号」に頑張ってもらわないといけなかったのです。実は、もう一つわけがあります。
イメージ 1
(Kt1641F)どういう事ですか(?_?)。
イメージ 5
(クハ481型200番)この4ページ前が、東北本線の上野駅から仙台駅間に一つある列車がいました。それが、急行「新星」ですが、これが仙台駅で接続する最速ルートだったのです。つまり、一番遅い時間帯に上野駅を出発することもありますが、午後11時42分先発となると仙台駅到着は、朝方の午前6時手前ですが、そのあとには電車急行「いわて3号」が上野駅を出ていることを考えると、1時間の乗り換え時間を考慮してダイヤを組んだということになります。
(N)あの、「はつかり」編であるにもかかわらず、こんな話になっていいのですか?
イメージ 3
(クハネ583型)実は、これが後の「盛岡はつかり」の基盤となった列車でもあるから、というのもあります。ということで、翻って「はつかり」本体は、昭和53年10月に、「やまびこ」の1往復を「はつかり」に変更していくことになります。それが、昭和55年3月の時刻表では、「はつかり9/10号」です。これが昭和50年3月改正の「やまびこ3/5号」の生き残りだったわけで、代わりに「やまびこ」が1往復削られ、結果的に減量ダイヤとなった昭和55年10月の改正を迎えます。
イメージ 1(Kt1641F)あの…、もうそろそろ時間が…。ということで、同じ時期の「ひばり」などはどうなっていったのかそれについて、次回のお話に回します。それでは、次回をお楽しみに。