名列車列伝特集 06-17「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!17」

(N)さて、日も短くなってきましたね。
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(Kt1641F)ところで、ナレーターさん気になっているのですが、「はつかり」は東北新幹線の開業後は、盛岡駅からの特急として走っていたのですが、そのあとはどうなっていたのですか?
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(Hs1208F)私が生まれたころに、8000系先輩とお話していたのですが、「東北本線の特急『はつかり』が、新幹線の列車名に採用されなかったのだろうか?」とつぶやいていたことを耳にしまして…。
(N)実は、そこまで、まだ時間はかかりますが、その前に、11往復となった特急「はつかり」が、どのようにして、変わっていったのかについてお話します。ということで本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」より「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!」の第17回をお送りします。
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(クハネ583型)それで、私もかなり運用が減っておりました。そういえば、ナレーターさん。昭和60年のダイヤ改正時の編成表をお持ちと伺いました。実は、昭和60年は国鉄にとっては、大変なことになっておりました。
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(クハ481型200番)その前に、「たざわ」の話をしないと…。
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(クハネ583型)そうでした。実は、「たざわ」が登場した…確か、ナレーターさん。あの列車の詳細の記事を持っておられるとお聞きしましたが。
(N)ええ、それでは、解説します、盛岡駅と、田沢湖線を経由して秋田駅に向かう列車を運転したのは、昭和41年10月の「南八幡平」が起源とされております。同じ急行で、「陸中」が、仙台駅から釜石線と山田線を経由して、盛岡駅へ、そこから好摩駅から…。弘前駅まで向かう少し異なる急行が走っておりました。実は、盛岡駅から秋田駅に別のルートで向かう急行は、平成7年まで残った「よねしろ」が有名です。
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(Kt1641F)ちょ、ちょっと待ってください。今の経路からかなり変なことになっていますよ。
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(クハ481型200番)確かにその通りで、実は、その関係を国鉄は憂慮しておりました。そこで、昭和43年10月の「ヨン・サン・トオ」ダイヤ改正以降から、「たざわ」は急行として、田沢湖線回りの列車となり盛岡駅との短絡ルートのエースへ育てようと考えたのです。そこで「たざわ」は仙台駅と盛岡駅を足して、秋田駅へと向かう列車に代わりました。しかし往復数は増えない状態が、昭和57年まで続きます。
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(クハネ583型)そして、昭和57年11月に2往復だった列車数を、3倍に増やして、6往復にしたのです。
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(クハE657型)そうだったのですか…。
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(E2)しかし、「やまびこ」とセットだったと伺ったのですが、それの理由は?
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(クハ481型200番)実は、新幹線とセットだった理由は、上野駅からいち早く秋田駅に向かう短絡ルートとして、田沢湖線が重要視される証といえました。この関係から「つばさ」が3往復だった点を考慮すると、「つばさ」を含めた9往復が、秋田駅に向かう野に丁度良かったわけです。
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(E5)一番早いルートはここだったということになるわけですね。
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(クハネ583型)その通りです。ただ、秋田駅行きは上野駅からのルートでは、遠すぎるということもあり、急行も頑張っておりました。その一例を見てみると、夜行急行としては「津軽」ですが、彼らですらもはや風前の灯火です。しかし、盛岡駅を出発する特急と11往復の「はつかり」と半分が、この「たざわ」と並ぶ姿を披露したということになります。
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(E2)確か、「つばさ」はなぜ、上野駅の発着列車を確保できたのでしょうか、それも、新幹線上野駅開業後も、運転されていたということは…。
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(クハ481型200番)確かに、その疑問は沸き上がりますが、前回の話とリンクさせると、「つばさ」が3往復を維持できた背景には、10往復の「リレー号」ではさすがに限界があり、特急「つばさ」と「やまばと」、「あいづ」の3列車の7往復に、「あさま」の11往復、「白山」3往復を含めると、合計31往復で乗り切ろうとしたと考えることもできます。
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(Kt1641F)となると、午前6時から夜10時くらいまでの合計16時間の範囲内に、1時間に2往復ということになりますか?
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(クハ481型200番)確かに、そのくらいになりますね。それに、もう一つ忘れているのが「ひたち」です。こちらは、影響があまりないという感じだったのですが、実は、「みちのく」と急行「十和田」、「ときわ」を「ひたち」に吸収される形となったわけです。
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(Kt1641F)まさか、急行「ときわ」が、いろいろと特急「ひたち」に吸収されていくということですか。
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(クハネ583型)そういうことです。結果的には、急行列車が淘汰され、昼行急行が全滅寸前となる昭和60年のダイヤ改正へと向かっていきます。ということで、次回をお楽しみに。それでは。
(N)ということで、お話は次回に続きます。