名列車列伝特集 07-4「2度の栄冠を手にした最長距離特急、日本海沿岸の発展に寄与した名列車! 4」

(N)さて、本日は大阪市内から北海道へと連絡する列車を追っているのですが、なかなか、専門の書物が見つからないという嘆きもありまして…。単に買っていないだけですが。
イメージ 1
(Kt1641F)確かに、資料不足は否めないですね。しかし、今回もそれをWEBで補っていかないと…。
(N)そうです。特急「白鳥」を支える中距離特急「雷鳥」と「しらさぎ」がデビューし、昭和40年以降「はくたか」が誕生して、純粋な日本海岸を経由する日本海縦断線特急として、「白鳥」は成長していきます。
イメージ 1
(Kt1641F)しかし、中距離特急の「雷鳥」、「しらさぎ」は電車で運転していたのですが、「白鳥」はなぜかディーゼル車両でした。この理由はどこにあるのか、今回はそれについてお話していきます。
イメージ 2
(Hs1208F)そういうことで、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」から「2度の栄冠を手にした最長距離特急、日本海沿岸の発展に寄与した名列車!」の第4回をお届けします。
イメージ 3
(キハ82型)それでは始めますが、昭和40年以降の特急「白鳥」と「はくたか」は気動車運転であった理由を話し始めます。実は、昭和36年10月のデビュー時まで、いったん戻りますが、この時、北陸本線の電化区間は、米原駅のすぐ隣にある田村駅から交流区間が始まり、それが敦賀駅で止まっている状態で、そこから先は非電化区間であったこと、さらに、新潟地区を走っていた直流電化区間は、信越本線の末端部に当たる区間しか電化されていない状況であったことも、車両選定に影響を与えていたとされております。
(N)ちなみに、電化区間について補足すると、信越本線の区間のうち、昭和22年に新潟市の長岡駅と、宮内駅での電化を開始してから、10年後の昭和37年には、新潟駅に区間が拡大されます。ただ、横川駅を含む群馬県側の電化は、昭和37年から始まり、昭和41年までに全線電化を達成しております。
イメージ 1
(Kt1641F)19年ですか…電化にそれだけ時間をかけていたのですね。
イメージ 3
(キハ82型)実は、そう最近の話ではないという区間も存在しております。ナレーターさんの言葉に、「横川駅」が含まれていたことに注目すると面白いのですが、平成9年に横川駅から軽井沢駅までの区間が電化されていたのですよ。
イメージ 1
(Kt1641F)いつ頃からですか?
イメージ 3
(キハ82型)明治45年以降からですから、その区間との年数の差は、確か85年だと記憶しております。
イメージ 2
(Hs1208F)は、85年! 古いですね!
イメージ 3
(キハ82型)確かに、そう感じたかもしれません。私が「アプト」式の運転をしていたころの最後の運転区間を走っていた時期がありました。その後、「白鳥」から「はくたか」に代わった時点で、粘着式のEF63型が活躍しておりました。
(N)もうそろそろ、時間ですので次回に回しましょう。
イメージ 3
(キハ82型)そうですね。それでは次回をお楽しみに。
(N)エンドコールありがとうございました。