名列車列伝特集 07-8「2度の栄冠を手にした最長距離特急、日本海沿岸の発展に寄与した名列車! 8」

(N)さて、本日は、特急「雷鳥」、「しらさぎ」などの話が、中心になります。
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(Kt1641F)今回のお話は、「白鳥」本編とは異なりますよね。
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(Hs1208F)やはり、このお話は、外せないですね。さっさと始めましょう。
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(Hk1000F)僕も楽しみです。さっさと始めましょうか。
(N)それでは、始めましょう。昭和40年代後半に電車化された「白鳥」と時を同じくして、北陸本線特急にも変化が表れてきます。その中で、「雷鳥」と「しらさぎ」は、どのような形跡を歩んだのでしょうか。
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(Kt1641F)それと、「はくたか」にも、少しずつ変化がありました。ということで、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」から「2度の栄冠を手にした最長距離特急、日本海沿岸の発展に寄与した名列車!」の第8回です。
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(クハ481型200番)さて、話は昭和47年のダイヤ改正まで、「雷鳥」と「しらさぎ」は、それぞれ往復数を増やしてきました。昭和43年10月の改正では「雷鳥」が3往復、「しらさぎ」が2往復だったのが、昭和45年10月ダイヤ改正で「雷鳥」が5往復に、昭和46年10月改正で「しらさぎ」が3往復に増強され、昭和47年3月のダイヤ改正では、「雷鳥」が8往復、「しらさぎ」が4往復でした。さらに、同じ年の10月には2往復追加増発で「雷鳥」が10往復となります。
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(Hk1000F)ということは、「エル特急」を名乗るのは、その直後ですか(?_?)。
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(クハ481型200番)そうです。昭和50年3月のダイヤ改正で、12往復に増やした後に、「エル特急」を名乗ることになったわけです。それと同時に、「雷鳥」は京都駅から敦賀駅の経由路線が変わり、北陸本線経由から湖西線経由に代わりました。この関係から、米原駅での接続が大幅に変わります。その時に登場した列車が、「加越」です。
(N)「加越」の名称は、北陸3県の旧国名、「越前・加賀・越中」を組み合わせたものでした。
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(Hs1208F) あれ? それでは、「くずりゅう」の特急格上げが、「加越」ということですか?
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(クハ481型200番)そうです。それに伴って、「しらさぎ」も6往復に増強され、北陸本線の特急として徐々に、勢力を拡大していくことになります。しかし、「雷鳥」には、もう一つ到達していない場所がありました。それが新潟です。しかし、この区間に、特急は走っておりました。それが、昨年に役目を終えた「北越」です。実は、この列車は、昭和48年に登場した特急で、当時は、大阪駅から新潟駅を結ぶ列車として活躍しておりました。そののち、金沢駅始発列車も登場していたため、出発駅がややこしくなってしまったのです。
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(Kt1641F)あ、あの「北越」が、大阪駅と新潟駅を結ぶ列車だったなんて、知りませんでした。まさか…。
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(クハ481型200番)驚かれるかもしれませんが、当時は、「新潟駅を結ぶ列車」という意味で、大阪駅始発も、金沢駅始発も関係なかったということになりますよね。
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(Hs1208F)そうですよね。「はくたか」についての変化というのは、やはり「白山」の登場で、大きく立場が変わるという話ですよね。
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(クハ481型200番)ええ、実際に、489系電車による特急「白山」が運転されるようになったのですが、「はくたか」が1往復、「白山」が3往復という形になってしまい、いかに信越本線が重宝されていたのかがわかりますよね。
(N)それに、在来線特急は一番遅咲きといわれるこの列車ですが、急行としては名門で、昭和30年代から投入されており、ED42型電気機関車が3両と1両で、編成を挟み込むという形をとっていたようですよ。
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(クハ481型200番)しかし、これがとんでもない結果をもたらしました。昭和54年に「はくたか」は2往復に増発。ところが、それから3年後、東北・上越新幹線の開業で、大きく変わります。
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(Hk1000F)そして、その影響は、特急「白鳥」、エル特急「雷鳥」、「しらさぎ」、「加越」に及ぶということになるのですね。
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(クハ481型200番)多分ですが、上越新幹線の開業が「北越」と「白山」に影響を及ぼしたのは事実ですが、それ以外にも「白鳥」と、「雷鳥」の関係にも触れることになります。次回は、昭和47年から登場した581・583系電車のクハネ581さんにも加わってもらいます。次回をお楽しみに。
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(Kt1641F)エンドコール、ありがとうございました。