名列車列伝特集 08-02「北海道の特急網の形成と、成長に貢献し、発展させた名列車! 02」

(N)さて、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」シリーズの第8弾「おおぞら」編の第2回です。さて、本日は、戦後初期編に入ります。
イメージ 1
(Kt1641F)前回は、戦前編だったのですね。びっくりしました。
イメージ 2
(Hs1208F)私もです。
イメージ 3
(C11型)実は、今までの急行列車は、ネーミングがないものばかりでしたから、障りにしては、意味が分からないという人も多かったと思いますが…。
イメージ 4
(C62型)そうですよね。ただ、戦後からネームドトレインが登場していきます。その話が、今回のその話から始めます。ということで、タイトルは、「北海道の特急網の形成と、成長に貢献し、発展させた名列車! 02」です。よろしくお願いします。
イメージ 3
(C11型)では、そのお話を始めますが、戦後初期の北海道の鉄道を追ってみましょう。終戦直後、急行列車がいったん消えて、わずか2年後に函館駅始発の旭川駅行きの第7・8列車が復活したのみでしたが、それに新たに加えて、2年後の昭和24年には、函館駅を始発とした網走駅行きの急行として、1・2列車と、函館駅を始発とした釧路駅行き急行が復活しました。
イメージ 4
(C62型)当時は、私は東海道本線特急「つばめ」と「はと」を牽引していたのですが…、当時から北海道を走っていた急行は、合計3本あり、行先は石北本線、根室本線と道東方面が中心になっていました。
イメージ 5
(Hk1000F)一つ質問をしたいのですが、戦前期は、北海道道北方面のアクセスが強化されておりましたが、戦後は道東方面に力を入れたのでしょうか?
イメージ 3
(C11型)それには、戦前には、樺太とのアクセスがあったことが最大の理由です。当時は、南樺太地方を領有していましたが、その後、第2次世界大戦を経て、北海道の鉄道は、道東にシフトしていきました。実際に、道東に向かう路線が、一番長い距離を走るということは、東京からだいぶ遠い地方になるということです。
イメージ 1
(Kt1641F)しかし、ネームドトレインが登場するのは、昭和25年からです。その時に登場したのが、「まりも」と「大雪」となります。この列車は、昭和27年に登場しました。ということで、「まりも」と函館駅始発から釧路駅行きの列車として運転されておりました。「大雪」と函館駅始発、旭川駅行きとなっていくのですが、網走駅行きとなっているのですよね。
イメージ 4
(C62型)その後、「大雪」は網走駅行きとなっているのは、もともと普通列車の延長されているためです。そして、昭和29年のダイヤ改正では「アカシア」が加わります。この急行は、「区間運転準急含む」という制約がついておりました。この急行を登場させたことにより、函館駅を起点とした列車が発着していく事になります。その鳥を飾ることになるのが、急行「洞爺」号、のちの「すずらん」です。
イメージ 2
(Hs1208F)あの「区間運転」というのが気になりますが、どうしてこういう表記となったのですか?
イメージ 3
(C11型)それは、小樽駅と札幌駅間で準急として運転していたためです。この準急としては、運転するのは、「急行に準ずる」という意味で、実質上は「急行とほぼ同じ」という設定だったわけです。実は、「洞爺」号ですが、特殊列車として運転されておりました。
イメージ 4
(C62型)それで、特殊列車として運転されていた車両が2列車として、運転されていました。ところで、「大雪」は昭和30年の改正で再び旭川駅発着に変更されます。
イメージ 5
(Hk1000F)あれ? 出戻りですか?
イメージ 4
(C62型)まあ、そんなところでしょうか。その翌年には、「洞爺」が「すずらん」に改称した以外は、準急が登場していて、昭和33年のダイヤ改正で「利尻」が稚内駅行きとして、昭和34年には、釧路駅と根室駅を結ぶ「ノサップ」(現在快速で存続)が登場していました。
(N)ということは、「おおぞら」の登場まであと2年ですが、もう時間がないので、本日はここまでとしましょう。
イメージ 1
(Kt1641F)そうしましょう。