名列車列伝特集 08-09「北海道の特急網の形成と、成長に貢献し、発展させた名列車! 09」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「おおぞら」編ですが、昭和50年代中ごろに入ります。実は、昭和36年10月1日の「おおぞら」登場以来、北海道を縦横無尽に駆け抜けてきていた82系気動車ですが、それから20年の歳月が流れて、老朽化が目立つようになってきました。
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(Kt1641F)そこで、国鉄北海道担当上層部は、その解決のため新たな車両の開発を考えておりました。
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(Hs1208F)ということで、「名列車列伝特集」の第8弾「北海道の特急網の形成と、成長に貢献し、発展させた名列車!」の第9回です。それでは、キハ82型さん、クロハ789型さん、そして本日のゲストにお越しいただきます。それでは、よろしくお願いします。
(N)そのゲストというのが、キハ183型さんです。それでは、キハ82型さんよろしくお願いします。
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(キハ82型)では、お話をしますが、私が登場してから19年の長い歳月がたったのですが、実際に極寒の地で、風雪に耐えていたのですが、82系気動車の仲間たちが、耐久年数に満たない内に、廃車になる可能性が出て来る事態になっていきそうになりました。
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(クロハ789型)それで、昭和50年代の中ごろとなる、昭和54年から新たな車両の開発を模索し始めます。電車では、781系電車となりましたが、気動車となると、183系気動車でした。
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(Hs1208F)それで、183系気動車は、どういう形だったのですか?
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(キハ183型)私です。この形は、今までの国鉄特急車両とは異なる形をしておりました。何が異なるのかといいますと、特急用として求められているハイパワーという観点を完全に覆し、できるだけ82系気動車と、ハイパワー気動車の181系の中間の走行能力を実力として、つけさせるということです。
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(キハ82型)それが、実際に特急「おおぞら」を大きく変えることになります。他にも、昭和55年に試運転を開始しました。そのころから、国鉄の列車運行環境は大きく変わり、札幌駅先発列車の比率を高めていくべきだと主張することが目立ってきたのです。当然のことながら、札幌駅を出発してから、函館本線を走行してしまうと、狩勝峠を越えないといけないという話だったわけです。
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(クロハ789型)それで、千歳線を経由して行く短絡ルートを作るという話も出てきたのです。そして、183系の量産車本格投入から経由路線の変更を促すことが決まりました。それまで2年しかない中での、準備ともなったわけです。
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(Kt1641F)ということは、試作車両も狩勝峠を越えたというわけですね。
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(キハ183型)そういうことですね。ただ900番試作車として狩勝峠を、越えたのですが、量産車と一緒になった後は、石勝線を経由して、行くようになります。しかし、特急「北斗」にも変化が表れてきております。それどころか、北海道特急全体が大きく変貌を遂げようとしていたのです。
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(キハ82型)それでは、次回は、昭和56年のダイヤ改正を中心に、お話します。ということで、次回をお楽しみに。
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(Kt1641F)エンドコールありがとうございました。

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