22年前の記憶を熊本に! 後編

本日の話題の2本目は、「がんばろう熊本【熊本大地震関連】」の後編をお届けします。

「22年前の記憶を熊本に!」の後編になるのですが、前編では兵庫県に住んでいた阪口杏沙さんが、高校2年生で阪神大震災に被災され、そこから、被災を乗り越えて、今回の「熊本大地震」にあたりある活動に、火をつけることになります。

では、転機となったのは、昨年7月のことで、「熊本大地震」から3か月後のこと、愛知県名古屋市で、毎年開かれている「ほっと@九州フェア」の担当になったことから、しかも、この着任時が前震と本震から、3か月という早い段階でということだったので、当然のことながら、復興を前面に押し出すというのが、既定路線となったのですが、そこで、阪口さんは、こう考えるようになります。

「イベントに合わせ、10代の人たちに熊本に行ってもらおう、それを会場で伝えてもらおうと思いついたんです」

と阪口さんは述べております。そこには、阪神大震災で経験した事を、今度は、震災を知らない10代の子供たちが、レポートしていく事で、交流を生み出してみるといいのかもしれない。そう考えていったというのです。
では、その根底には、

野次馬にはなりたくない

という思いがにじみ出ていたのです。実際に、交流を申し出た、愛知県内の高校生を含むグループは、本年1月に熊本県に出向いて地震から10か月もたたない現地を見て回りました。

実は、弊ブログで何度も取り上げた南阿蘇村にも出向き、東海大学キャンパスにも出かけ、そこで、現役学生とも交流、友達を失くした子、生き埋めになった同級生を助け出した子。高校生たちと一緒に、生々しい体験談を聞いていき、彼らにとっては失礼な、「どうして戻ったのか?」という疑問にも触れたのですが、その答えを優しく説いてくださった上、現役学生からは、「来てくれてありがとう」と声をかけてくださったのだそうです。

この体験を含めたレポートを「熊本の”いま”新聞」としてまとめ上げ、ほっと@九州フェア」した「あとがき」に、次のように書いております。

「今回の旅で僕たちは、もっと地震に対する意識を高めていく必要性を感じました。いつか復興を遂げた熊本を訪れて、今回お会いした方々と、笑顔で再会したいです。」

と、実は、阪口さんも阪神大震災の経験時に、このような企画があったらよかったと口にしております。なぜかというと、

「私は、ずっと取り残されていく思いをしていたんですよね。もし同じ世代の子と出会えていたら、同じ世代の子に話を聞いてもらえていたら。自分だけじゃないって思えたはずなんです」

ということなのです。つまり、共感できる人がいれば、多くの出来事を早く乗り越えられたのかもしれないと…。そう考えると、今の高校生は、幸せなのかもしれませんね。

ということで、次回の記事をお楽しみにください。