6年前のこと。

本日の話題の2本目は、「復興へ」の特別篇をお届けします。

今から6年も前の3月11日、東北地方太平洋沖で起きたマグニチュード9の地震が発生し、多くの人々が命を落としていますが、この6年で、三陸沖では、復興が進んでいるところと、進んでいないところがあり、まさに格差が拡大しているという状態だそうなのです。

まず、実際6年前私は、大阪市内で経験した震度は、震度4程度でした。実は、昔の話ですが、阪神大震災以降、直下型地震についての経験は豊富であったものの、大陸灘を震源とした地震が起きたのは、50年前の「昭和南海地震」まで遡ります。

ということは、50年の間、技術は進歩したものの、原発の立地等の事態が行われているために、その関係から、放射線汚染に陥った福島県東海岸部の一部は、6年たった今でも、帰還困難区域となっている場所と、帰還困難区域から解放された場所とに分かれております。

私は、この原発事故から6年たった今、つまり「東日本大震災」から6年の今が、これからの復興の道を決める大きな岐路となると考えます。

ということは、ここからが「リスタート」だということかもしれません。

ということで、3月11日午後2時46分の時報に、黙とうをささげた後、これから、どうなのか見守っていきたいです。実は、私が高校生の時に訪れた事がある場所もあるので、その点も気になっています。

ということで、本日はここまでです。それでは。