近鉄通勤車両8000系ラインデリア初期

皆様おはようございます。本日の話題は2本あります。最初の記事は「∟車両部(新近畿車両)」から、近鉄通勤車両8000系電車の製作について、2本目は「がんばろう熊本【熊本大地震関連】」の記事からです。実は、本日は「熊本大地震」から1年です。その特集も同時にお話していきます。

最初の記事は「∟車両部(新近畿車両)」からですが、前置きは、主なものが「熊本大地震」から1年が経っていることもあって、今回は2本目に回しまして、このお話をしておきます。実は、JRのグランクラスが新幹線で運転されていますが、皆様は昭和50年まである車両が走っていた事をご存知でしょうか…。
鉄道模型のカタログをお持ちの方で、KATO金属工業のカタログを持っておられるお方は、「181系電車」のカタログを見ていただくとわかるのですが、パーラーカーという車両があったことをご存知でしょうか。
実は、クロ181型のパーラーカーは、グランクラスと同様に、最強クラスの車両として、運転されておりました。昭和33年の改正時で、クロ181型の需要は、高かったと考えられますが、それも昭和39年のわずか6年間、初期投資金額を回収できたのが1か月だったということがあって、集客力と同時に、集金力もあったことになります。東京駅から大阪駅までのグランクラスではない形でも、多くの乗客を集めたという意味としては、日本の首都と、副首都としての大阪を結ぶ列車だったからとも考えられるため、多くの人たちが乗っていったということになるといえます。
東洋経済新報誌のWEB版での話では、

151系24両分の製造費用や線路や施設の改修費などからなる初期投資額は11億5400万円(同約65億8000万円)、運転にまつわる費用は2億8000万円(同約16億円)であった

とされております。これを、1か月で回収できた理由は、

1本の列車当たり、パーラーカーを含む一等車の平均乗車キロは454.2キロメートル、乗車率は81パーセント、二等車の平均乗車キロは454.1キロメートル、乗車率は99パーセント

にあったとされているわけですから、現在のグランクラスとは、異なります。

つまり、151系の特急車両を見ていると、その話を思い起こしていただければいいのかもしれません。ということで、本題に入ります。
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こちらが、ラインデリア初期タイプを製作しておりまして、車両の改良のみを行っている状態です。

あとは、8400系も同じ形にしていきます。

ということで、報告は以上となります。それでは。