名列車列伝特集 09-4「山陰本線を名路線に成長させた名特急! 04」

(N)さて、昨週の風邪気味から少し体調がよくなってきました。
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(Kt1641F)大丈夫だったのですね。良かったよかった。
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(Hs1208F)でも、本調子ではないのですよね。
(N)まあ、そんなところですが、本日もよろしくお願いします。
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(Kt1641F)さて、山陰本線の特急が「まつかぜ」と「やくも」が登場したのですが、時代が昭和43年以後、どうなっていったのかについて、お話します。それでは、キハ82型さんよろしくお願いします。
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(キハ82型)さて、「まつかぜ」が登場してから、7年後の昭和43年、山陰方面の列車は、京都駅先発の大阪駅及び福知山線経由の「まつかぜ」と、「やくも」に、急行では、京都駅先発の松江駅行き山陰本線のみを走る「白兎」と大社駅に伸ばした「おき」、大阪駅先発となっていたのは、福知山線経由で入る「だいせん」を中心に、中距離急行としては、山陰本線で運転されていた「丹後」、福知山線で運転されていた「丹波」、そして、姫路駅に向かって走り、その後、播但線経由で山陰方面に入る「但馬」が実質上の主力列車として、関西圏を走っておりました。
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(Kt1641F)実は、米子駅方面から出発する急行として、「さんべ」と「石見」という列車名も確認できますが、これについてはどうなっているのでしょうか?
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(キハ82型)急行「さんべ」と「石見」がいるのは、「さんべ」が昭和40年に登場した夜行急行「しまね」と、小倉駅行きの準急「なかうみ」、さらに熊本駅行き準急「やえがき」を統合して、「さんべ」となりました。その補完役を「石見」が果たしていたのです。
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(Hs1208F)そういうことだったのですね。ということは、「さんべ」と「石見」以外に、「あきよし」という列車もあったようですね。「さくら」に追突した…。
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(キハ82型)あの、「うばざくら」の張本人ですよね。確かに、その時も、急行として健在でした。この列車は、浜田駅先発だったわけですが、これによって、山陰本線から各種の行先に、列車が走るというスタイルが、取られるということになってきます。
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(Kt1641F)それが、今の「スーパーまつかぜ」と、「スーパーおき」に変わるというわけですね。
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(キハ82型)それは後々の話ですが、合っておりますよ。この「ヨン・サン・トオ」改正から3年後、急行「おき」が、新大阪駅先発の伯備線経由特急として出雲市駅に向かうことになったのです。
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(Kt1641F)それはまた、えらい急ですね。
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(キハ82型)えらい急というよりも、その翌年には、山陽新幹線岡山駅開業が控えておりましたし、実は、それに「やくも」が抜擢されていたので、いったん「おき」は、3年間の冷却期間に入ります。
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(Hs1208F)冷却期間ですか(-_-;)。
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(キハ82型)ええ、それから、昭和47年のダイヤ改正では、関西圏近辺からの特急が増えることになっていくのです。ということで、次回は関西圏から北近畿地方と米子駅方面までの特急たちの誕生秘話について、お話します。それでは、次回までお楽しみに。