名列車列伝特集 09-10「山陰本線を名路線に成長させた名特急! 10」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「まつかぜ」編ですが、わずか3年のお話です。実は、昭和57年はわたくしの生まれ年でもありますので、いろいろと変化が起きた年でもありました。
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(Kt1641F)そういえば、昭和57年って重要な年でもあったのですよね。例えば「国鉄再建法」に関しては、中曽根内閣でこの年の7月30日に、国鉄解体に関しての指針を出すということですよね。
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(Hs1208F)そうですね。その時代のお話ですか…楽しみです。ということで、「名列車列伝特集」より、「山陰本線を名路線に成長させた名特急」の第10回です。ということで、キハ82型さん、キハ181型さん、キハ187型さん、クハ381型さんよろしくお願いします。
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(キハ82型)さて、昭和57年の改正以降、山陰本線の特急列車は、電化の影響で、大きく変わり、「やくも」が、出雲市駅でとどめてしまったことが影響し、西側を走る列車を、増発させることも検討されておりました。しかし、陰陽連絡急行で、西側を走る列車は、「さんべ」と「ながと」が運転されていたのですが、急行列車が時代遅れとなる中で、夜行急行の淘汰も行われておりました。
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(キハ181型)一方で、大阪口でも大きな変化が出てきておりました。まず、新大阪駅を出発する急行は、そのまま変わったわけではなかったのですが、通勤区間であった宝塚駅までの電化開業がおこなわれたため、宝塚駅から福知山駅間を完成させれば、大阪口の特急は一気に整理されるということは見えておりました。しかし、その前に、「まつかぜ」は山陰地方の旅客を一手に担っていたのですが、二つの性格を帯びた列車としてかつやくできる環境が徐々に失われかけていたことに、国鉄の上層部は気づいており、昭和60年のダイヤ改正で、一つの解決案が示される形となりました。それが、系統分割による新列車の設定です。これが、山陰本線の列車区間系統改革の先駆けとなりました。
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(キハ187型)どういうことですか?
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(クハ381型)それについては、私が米子電車区にいたこともあって、説明いたしましょう。実は、このころ、「まつかぜ」の運転区間を見てみると、所要時間12時間をかけて、大阪と九州を結んでおりました。ところが、山陽新幹線の博多駅開業前までは、支障がなかったのですが、博多駅開業後、山陽新幹線の利用の加速を考えた国鉄は、新幹線の列車増発を行ったこともあり、結果的に、利用率を向上させることになっていきます。それに、山陰方面へは、新幹線と連絡する特急、急行の設定を行っていたこともあって、山陰本線を直通させる列車は需要が伸び悩んでしまうことになったのです。そこで、中間点に当たり山陰地方のterminal的な役目を持つ、米子駅で列車の系統を変更させるということをやろうとしていたのです。
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(Kt1641F)つまり長すぎるから、車両系統を変更して分割したということですか?
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(キハ181型)その通りです。これに似ているのが、近鉄の京都駅先発伊勢志摩方面に向かう特急でしょうか?
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(Kt1641F)その通りですね。これを聞いたときは驚いたのですが、大和八木駅で連絡するネットワーク体制を整えることで、何とかしのいでおります。ただ、車両数を増やさない関係で、満員になるのか…と疑問があるみたいですし…。
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(キハ82型)その話は、この当時もあったわけですが、国鉄がここでお大ナタを振るい、82系気動車を撤退させて、181系気動車を投入して車両のリフレッシュを行ったのです。ところが、その関係で「まつかぜ」は、新大阪駅及び大阪駅と米子駅を結ぶ特急に生まれ変わったかに見えました。それが大きな間違いで、その直後の改正で、「まつかぜ」と、それに付随した急行「丹波」を含めた列車たちは、電化の波に飲み込まれてしまうのです。そういった一方で、思わぬ復活もありました。それが、「まつかぜ」の西の区間を担当することになった列車名で、昭和43年に一端消えた「いそかぜ」の17年ぶりの復活劇でした。
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(キハ181型)この「いそかぜ」も、82系気動車先輩が走らせていたことが有名だったのですが、「日向」に列車名が改まり、「いそかぜ」の名前は忘れ去られていたのです。ところが、今回の復活劇で、米子駅と博多駅を結ぶ特急列車に昇格、1日1往復というささやかな路線として走っていくことになりました。
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(キハ187型)それに、「あさしお」は5往復に増強されて、京都駅から東舞鶴駅と、城崎駅、倉吉駅、米子駅を結ぶ特急として活躍していきます。要するに、山陰地方と山陽地方を結ぶには、京都口からの「あさしお」、それと急行「丹後」、岡山駅からは、出雲市へ「やくも」、鳥取駅へ急行「砂丘」が、西側には小郡、現在の新山口駅から、「おき」、下関駅では「いそかぜ」と急行「ながと」、「さんべ」という順番に連絡体制が出来上がっていたのです。
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(Hs1208F)しかし、「まつかぜ」の運命がここから変化してしまうことになるとは、私も想像がつかないのですが…。それは次回にてお話を見ましょう。ということで、次回の記事をお楽しみに。

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