名列車列伝特集 09-11「山陰本線を名路線に成長させた名特急! 11」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「まつかぜ」編ですが、今回のお話は、前回の改正のお話からわずか1年後のお話です。
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Kt1641F)そんな急にですか!
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(Hs1208F)では、本日のゲストも関係しているわけですか?
(N)実は、そうなのですよ。
(Kt1641F)ということで、「名列車列伝特集」より、「山陰本線を名路線に成長させた名特急」の第11回です。ということで、181系気動車さんから、キハ181型さんを、381系電車さんから、クハ381型さんを、187系気動車からは、キハ187型さんを、そして今回のゲストが…あの人です。
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(キハ181型)さて、私が「まつかぜ」の任務に就いてからわずか1年後、私の任務が「はまかぜ」と「あさしお」の2列車に代わったのかについて、お話します。実は、福知山線は、昭和50年代中ごろから、電化が施されていった時代でもあります。それのきっかけとなったのが、宝塚駅までの電化開業です。これが、そもそもの始まりでした。
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(Kt1641F)どういう事ですか?
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(キハ181型)実は、大きな変化が起きるきっかけというのは、電化が一つで、その次に、短絡線の開業、ディーゼル列車の誕生という順番になっております。しかし、今回一番変化が大きいものが、やってきてしまったのです。
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(クハ381型)それは、伯備線でもそうだったように、電化が急ピッチで進んでいたために、私の導入となったのですが、福知山線電化には事情が大きく異なる部分がありました。私が任務についた伯備線は、陰陽連絡の要素が強かったため、一気に電化したのに比べて、福知山線は大都市大阪に近く、さらに、ベットタウンとして兵庫県三田市の人口が増えてきたこともあって、通勤路線としての性格を帯びさせるための電化という側面もありました。
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(キハ187型)つまり、電化の目的はここから始まったということですか?
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(クハ381型)当初はそうだったわけです。ところが、電化を進めていくと、その先に、丹波篠山、福知山、和田山、豊岡、城崎温泉といった都市があります。そのために、その都市にも足を延ばすには、電化区間を伸ばすしかないという状況になります。ということは、同時に電化したほうがいいのではないか…という声が上がりますよね。しかし、通勤路線としての役割が、最重要視された格好となったのです。
イメージ 3(キハ181型)それに、当時の国鉄は、赤字経営体質であったことも重なり、新しい車両を導入できない状態でした。そのため、ある車両が候補に挙がってきたのです。それが、485系電車、後に形式番号を改めて、183系800番を名乗るこの編成は、485系として出発したのです。その列車は、「北近畿」という列車名として、運転されるとことになりました。それが、のちの「こうのとり」になったのですが、それは、まだ先の話です。
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(クハ481型)すいません。それが私です。実は、381系さんと交代で、「くろしお」から新しい特急列車に差し替えてもらったのです。こういうことで、その代わりとして「まつかぜ」2往復と、急行「丹波」4往復を吸収して「北近畿」として再出発を果たします。その流れは、平成初めまで続くのです。ということで、次回はその話をしていきます。それでは、次回をお楽しみに。