名列車列伝特集 09-12「山陰本線を名路線に成長させた名特急! 12」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「まつかぜ」編ですが、今回の主役は「まつかぜ」ではなく、「はまかぜ」の他、近畿の特急列車たちのお話です。
イメージ 1
(Kt1641F)どうなるのですか?
イメージ 3
(Hs1208F)では、北近畿のお話となるわけですね。
(N)ええ、そうです。そのため、もう一方、ゲストをお呼びしております。どうぞお入りください。
イメージ 2
(クモロハ287型)どうも、JR西日本の287系特急車両の代表でやってまいりました。クモロハ287型と申します。よろしくお願いします。
(N)では、その話をしていきます。ということで、「山陰本線を名路線に成長させた名特急! 」の第12回です。それでは、平成一けた台の話に入ります。
イメージ 1
(Kt1641F)ということで、キハ181型さん、クハ481型300番さんよろしくお願いします。
イメージ 4
(キハ181型)はっきり言うけど、僕からもゲストを呼んでいます。
イメージ 3
(Hs1208F)えっ?
イメージ 4
(キハ181型)「あさしお」なら私が受け持っていたから、詳しいけど、「きのさき」などの系統に代わってからの話は、彼が詳しいからね。
イメージ 5
(クハ481型)確かにその通りですね。彼が一番詳しいです。と言っても、私の改造車両ですから。
イメージ 6
(クハ183型{Type800})レギュラーさんに言われるとへこみますよ。皆様、4年前に引退した183系800番を代表して、クハ183型800番と申します。よろしくお願いします。さて、私と、485系さんは実は兄弟ではなく、同い年のいとこでして、もともとは485系の姿をしておりました。
イメージ 4
(キハ181型)ということで、よろしくお願いします。それでは、昭和61年のダイヤ改正からわずか半年で、国鉄の爆発により、JRへの移行が行われ、北近畿タンゴ鉄道の宮福線が開業し、丹後半島方面への交通アクセスが良くなっていたのです。そのため、私の「あさしお」は合計で6往復になっておりました。行先は、東側から、東舞鶴、豊岡、城崎温泉、鳥取を経て米子駅に向かっていくという京都駅から多方面に展開できる特急列車として運転されていきました。
イメージ 5
(クハ481型)当初、私が担当についたときには、交流機器はいらない特急列車であるため、「本当に要るのか?」、などと陰口を言われたこともありました。しかし、肝心な特急車両が足りない現状を考えると、この時期のJRはいろいろと試行錯誤をしていた時代でした。結果的に、私と隣にいるクハ183型800番台は、その象徴と言える存在でした。
イメージ 6
(クハ183型{Type800})そのため、平成10年までの10年間は、私と181系気動車の「あさしお」によって京阪神地区対北近畿地区を中心に、特急列車を走らせていたのです。ただ、「あさしお」の代わりとなる。急行として「丹後」が補完をしていたようです。この二人のコンビが、京都口では、1時間ごとに運転されておりました。実際に、ナレーターさんも資料をお持ちと伺いましたが…。
(N)ええ、私が持っております『Rail magazines』の第143号は、まさに風前の灯の急行列車特集でしたし、これを見ていると、面白いですよ。実際に「丹後」号と「但馬」号が運転されていました。実は、これが平成7年ごろのお話です。
イメージ 2
(クモロハ287型)しかし、気になることがありますが、どうして「あさしお」を残していたのでしょうか?
イメージ 4
(キハ181型)それは、電化のスピードではなく、もともと計画していた時点での需要があまりなかったこと、それと、旧線の改良工事を先にしなければならなかった点が先行していたようです。まあ、時間も押しておりますので、本日はここまでとして、次回は、「いそかぜ」たちの西の列車たちはどうなっていったのか、それについてお話します。
イメージ 1
(Kt1641F)そうですね。もう遅いですから、次回に回しましょう。それでは、次回をお楽しみに。