名列車列伝特集 09-14「山陰本線を名路線に成長させた名特急! 14」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「まつかぜ」編ですが、今回も主役のいないお話が続きます。
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(Kt1641F)そういえば、17年も空白期間が続くのですよね。
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(Hs1208F)だけど考えてみると、おかしな話ですよね。
(N)ということで、「山陰本線を名路線に成長させた名特急」の第14回です。ということで、キハ181型さん、クハ381型さん、クハ183型800番さん、キハ187型さん、クモロハ287型さんよろしくお願いします。
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(キハ181型)ということで、平成2年周辺の大阪圏内のお話にいったん戻っていきますが、特急「はまかぜ」と「あさしお」の運用に就いていた頃のお話ですが、実は、昭和63年に戻ってから始めます。実は、昭和63年以降、「北近畿」号に連結される車両として、特急列車が新たに誕生していきます。それが、「エーデル」シリーズです。この「エーデル」シリーズは、3種類出てくるので、ややこしいですが、ついてきてくださいね。
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(クモロハ287型)そうなるとすると、「エーデル」の列車が、3種類も出てくるのですよね。
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(キハ181型)そうです。ここは、クハ183型800番君にお願いします。一番かかわっているのが彼ですから。
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(クハ183型800番)そうですね。私が特急「北近畿」号のみの運用として、運転している状態ですが、この時に登場したのが「エーデル丹後」という列車が登場しました。この列車は、もちろん「丹後」ですが、この列車は「丹後半島」からきたといわれております。しかし、使用していた車両は「魔改造」といわれる車両が出てきたからです。それが65系気動車を改造した車両だったのです。
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(Kt1641F)どういう事ですか(?_?)
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(Hs1208F)65系気動車って、急行気動車の代表として、キハ58系気動車の系列であって、確か特急車両には結びつかないのでは?
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(クハ183型800番)実は、展望車両として運転して行くことになっていくのかもしれません。しかし、そのままでは、異種車両の連結ができないという状態ができます。だからこそ、連結器を大きく変えることができるようになったのですよ。
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(Hs1208F)だからというと、僕たちの先輩が、バンドン式から振り子型密着連結器に変更したことと似ておりますね。
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(クハ183型800番)確かに、その通りですが、先例がありまして、本記事の第7弾「白鳥編」で、盟友として活躍した「雷鳥」号に連結された「ゆうとぴあ和倉」号といった異種連結が多くなります。ただ、異種連結は特急で運用を開始したのが、この「ゆうとぴあ和倉」から始まって、「エーデル丹後」を皮切りにして、運転を開始したのです。ちなみに、JR北海道では、電化運転区間を経由して、非電化区間から始まる「越境」型運転が始まったことになります。
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(クハ381型)それはそれで、走り出していくのですが、協調運転が大変だったのではないですか?
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(クハ183型800番)実は、福知山線は伯備線と同じく、山岳を縫って地方都市と関西の中心部とを結ぶ路線であるので、本当を言うと、条件では、381系電車が対応できる区間でもあります。しかし、製造車両数の少なさが露呈しており、381系電車が運転できない状態になっておりました。そのうえで、私が投入車両として選ばれたわけです。
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(キハ181型)事情が複雑ですね。
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(クハ183型800番)しかし、私が運用に就いてからしばらくして、「エーデル鳥取」という列車が登場してきます。実は、この列車が、鳥取「まつかぜ」の再来といわれていたのです。経路自体も「まつかぜ」とほぼ似たり寄ったりで、運転列車形態は単独運転方式、ただ、82系気動車から車両のグレードがダウンしたのが、短期間鹿運転されていなかった原因だったとも、言えるかもしれません。
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(キハ187型)それは、「まつかぜ」という姿を追い求めたからですか(?_?)。
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(クハ183型800番)おそらくですが、その通りです。新型車両が投入されていると、変わっていたかもしれませんが、その代わりになるタイプとなるが、平成6年以降に走り出した「スーパーはくと」が運転されると、役目が終わったとみなされた。そう考えているわけです。
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(Kt1641F)なるほど、65系気動車が、4両編成で単独で運転していたということですが、1往復だけだったというわけですよね。このままでは乗る率が減りますよね。
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(クハ183型800番)実は、それも原因の一つでした。そのため、「スーパーはくと」は7往復ですよね。それも大きな原因になりますが、そういったことがあって、「エーデル」シリーズは平成3年の「エーデル北近畿」を最後に、往復数が3.5往復しか走らない状態でした。また「北近畿」本体は10往復で運転を始めて、一端、7.5往復となった状態です。その後、「エーデル北近畿」が2往復に変化したのが、平成5年になってからです。
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(キハ181型)しかし、着実に越境する列車が減っていくのは、時代の流れにもなってきていました。同じく平成元年3月の改正で、「あさしお」の最長区間列車だった京都駅と米子駅を結ぶ列車が、鳥取駅で打ち止めとなったのです。次回は、そのあとの平成6年の巨大ダイヤ改正を取り上げます。
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(Kt1641F)やはり、それでは次回をお楽しみに。