名列車列伝特集 09-18「山陰本線を名路線に成長させた名特急! 18」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「まつかぜ」編ですが、本日も主役がいないのですよね。
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(Kt1641F)そうですよね。ここで再び、西に目を向けてみると、181系気動車さんに関して、大きな変化が起きようとしておりました。ということで。
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(Hs1208F)ということで、「山陰本線を名路線に成長させた名特急」の第18回です。ということで、西の方面を今回はお話します。ということで、キハ181型さん、キハ187型さん、クハ381型さん、クハ183型800番さん、クモロハ287型さんにお願いいたします。
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(キハ181型)ということで、よろしくお願いします。さて、平成10年代に入ってなのですが、私の運用だった「いそかぜ」に大きな変化が出てきました。この当時、特急「いそかぜ」は、米子駅から博多駅までを結んでいたのですが、平成5年に小倉駅まで短縮され、本州の路線での削減区間がありませんでしたが、「くにびき」が平成13年に、187系気動車が登場したことから、「スーパーくにびき」に進化したとされております。そういったことがあって、島根県の益田駅までの区間を、「スーパーくにびき」に明け渡して一本化したのです。
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(キハ187型)実は、187系気動車が列車として誕生した「スーパーくにびき」と、「おき」の置き換えを目的として、誕生したのが私だったのです。そして、「スーパーおき」と「スーパーくにびき」の2列車に、集約して行きます。
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(クハ381型)これによって、181系気動車の撤退で、一気に世代交代の波が起き、国鉄気動車として181系気動車は、関西に残した「はまかぜ」、「いそかぜ」しかなくなっていたのです。そして、「やくも」の方にも変化が起きました。寝台特急「出雲」の1往復が、伯備線経由で運転されることになったことで、早朝と、夜遅くに運転する便誕生したため合計15往復化されていき、益田駅方面と鳥取県内の連絡をするため、「スーパーくにびき」などで連絡できるようになっていきました。
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(キハ187型)さらに、平成9年に誕生していた「いなば」にも、187系気動車が投入され、「スーパーいなば」となったのが、平成15年です。これが、運用から6年後のことでした。
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(キハ181型)そんな話でしたが、181系気動車の運転では、「はまかぜ」のみしか走らなくなったところで、3往復で運転される唯一の列車として、運転されていました。
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(キハ187型)そして、「スーパーおき」、「スーパーくにびき」の2列車で運転していたのですが、平成25年のダイヤ改正で、あの名列車で「まつかぜ」が復活したのです。そして、昭和61年の廃止以来、17年ぶりの復活した「まつかぜ」が、山陰本線を私の体を借りて、爆走して行くことになったのです。
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(クハ183型800番)それだから、「スーパーまつかぜ」が運転していますが、全編成が、鳥取駅行きとして運転を開始することになったというふうにかかれておりますが…。
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(キハ187型)4往復が益田駅まで、米子駅が下り2本、上り1本で運転しておりました。その2年後には、「いそかぜ」が利用客の減少により、廃止されたのです。これによって、九州方面に山陰本線から入るルートが入れなくなってしまいました。
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(クモロハ287型)しかし、沿線の方は、不便になったのでは?
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(キハ181型)それが、主に道路整備が大きく前進したことによって、沿線の観光客の車で、観光地を訪れるようになったこと、これが大きかったといえます。そのため、特急を運転する下地が失われてしまったことがあります。
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(クハ183型800番)それだからこそ、京阪神からの観光地といった大都市圏と地方都市を結ぶ列車が、生き残る構図ができてしまい、今に続いているということになります。
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(クハ381型)結果的には、このような状況で、平成10年代に入った状況でした。この後は、平成10年以降の「北近畿」と「きのさき」など変化についてお話します。次週をお楽しみください。