名列車列伝特集 10-3「首都圏と甲信越を結んだスプリンターたち」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」から「首都圏と甲信越を結んだスプリンターたち」の第3回です。
イメージ 1(Kt1641F)さて、今回は中央東線の「あずさ」登場以前のお話です。
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(Hs1208F)ということで、さっそく始めましょう。では、165系電車のクモハ165型さん、58系気動車のキハ58型さん、189系電車のクハ189型さん。よろしくお願いします。
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(クモハ165型)で、中央東線のお話ですが、私が担当していた「アルプス」号は、昭和23年に準急列車として誕生した系統でした。では、戦前の話をしていくと、その列車の起源は、大正年間にまで遡ります。この時、急行列車の設定はなかったものの、長距離列車が走っていて、長野地方鉄道局で独自に「アルプス」、「高嶺」といった名前を名乗った列車が存在しておりました。
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(キハ58型)実は、当初は客車列車主体の時代でしたので、蒸気機関車が主役の時代であったことから、昭和23年の夜行臨時準急が、4年後に「アルプス」と命名され、昼行準急も誕生、それが「穂高」と命名されることになります。
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(クハ189型)しかし、この時点で電化が思った以上に進まなかったことは、信越本線と同じで、実際に客車急行として運転を開始した背景には、電化区間の問題が横たわっていたことは明らかでした。また、当時の電化区間では、中央快速線の電車列車を急行と称していたのですが、昭和35年に気動車急行となった後で、その電車急行は快速列車となったのです。
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(Kt1641F)確かにそうなったとはいえ、中央東線の優等列車の歴史とは、意外と浅いものですね。
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(キハ58型)しかし、今から考えてみると、この「アルプス」が「あずさ」の誕生にかかわってくるのか、それが気になるところですが…、「アルプス」以外にも、名古屋駅から東京新宿駅に直通する準急が登場します「きそ」という列車です。この列車は、「きそ」は長野駅と直通する列車ですが、一部の車両がスイッチバックで長野駅に向かうために、一部の客車が中央線全路線ほとんどを走破していたのです。
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(Hs1208F)すごいですね。全路線を走破した準急って、珍しくありませんか?
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(クモハ165型)実は、もっとすごい列車も存在しております。大糸線を走り、スキーレジャー列車の走りともいえる列車として、急行「白馬」が存在しておりました。この列車は、大糸線前線もそうはして、糸魚川駅まで向かいました。
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(Kt1641F)え! 糸魚川駅ですか?
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(クモハ165型)今では信じられませんが、当時としては、すごく面白い列車だったわけです。しかし、急行「白馬」はのちに「アルプス」に、吸収されることになるわけですが、それが、「あずさ」の列車を運転するうえで、重要な要素となってきます。
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(クハ189型)まあ、そういうわけで、中央本線の電化が行われるのは、昭和38年に下諏訪駅に至ってからということになります。その時に登場したのが、「かいじ」ですが、これがのちに特急「かいじ」の原型となります。翌年には、「かいじ」の次に昭和39年には、「たてしな」という名前の急行列車が誕生したことで、中央本線の急行「アルプス」と「きそ」のツートップ体制となっていきます。さて、次回ですが、ついに、昭和37年に至って、特急「とき」が登場したお話をしていきます。次回をお楽しみに。