天正遣欧使節の時代を見に行く 01

さて、本日の話題の2本目は、「鉄タビ(臨時便)」から新シリーズをおお届けします。

本日はその第1回目となるのですが、皆様は、ヨーロッパ諸国を歴訪した4人の少年のことをご存知でしょうか…。伊東マンショ、原マルチノ、三千輪ミゲル、中村ジュリアン。彼らは九州に居住していた大名家の家臣として、イエズス会の宣教師とともに、スペイン経由で、イタリアの各地を回ったといわれております。
今回は、どんな形で描かれたのか、同時代の絵画はどうだったのかというテーマで、本日はお話していきます。

イメージ 1さて、私は、S氏と大阪難波駅で待ち合わせ、
兵庫県神戸市の神戸市立博物館に向かうことになりました。
というのも、今回の話は、昨年の大河ドラマ『真田丸』の時代とも、関係しているのですが、私が興味を持ったのは、遠藤周作先生の作品で、完全な宗教小説といわれる『沈黙』も決定的な影響を与えた「天正遣欧使節」に興味を持ったためです。
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そして、私たちは、1000系1204編成の尼崎駅行き普通で、尼崎駅に向かいます。
実は、私たちがどうして、尼崎駅で乗り換えることになったのかといいますと、
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この路線図がそれを物語ります。まず、実は、近鉄と阪神電鉄の乗り入れが始まったのは、平成21年のことで、神戸高速鉄道を介しての阪神電鉄と山陽電鉄が乗り入れてから11年後のこと、直通運転の2例目となった路線は、近鉄奈良線との直通を果たしたのですが、多くの列車は、伝法線から名前を変えたなんば線と本線との交点に当たる尼崎駅で、快速急行以外の列車は折り返すことになってしまいます。
そもそも、急行は近鉄奈良線内の系統としているのですが、これもこれで事情があり、阪神線内のダイヤが過密であるため、運転ができないという理由があります。
そのため、なんば線を経由して、尼崎駅に向かっていきます。
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で、どこまで来たのかといいますと、尼崎市と大阪市との府県境に当たる伝法駅です。もともとは、阪神電鉄の高速線として使用する予定だったようですが、現在は大阪のミナミと神戸を結ぶルートを担っているだけでなく、奈良と神戸を結ぶ唯一のルートとして、機能しております。
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尼崎駅付近では、阪神電車の車両たちが休む風景を撮影。1203編成と、増結用の1501編成が寝ておりますね(グースかぴーW)。
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なんと、とんでもないことになってきましたが、山陽電鉄6000系ですが、なんと6両編成が入っていきますが、試運転では入ったのですが、
どうやら、9月から直通特急として運用しているようです。直通特急以外に、特急等で運用を開始していく可能性が高いですね。
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そして、乗ってきた列車の隣には、ジェットカーがやってきました。これが普通用だとは思えない性能だから、すごいと言ってもいいかもしれません。
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ところが、中華人民共和国から、やってきた旅行者が先ほどの5000系の高速神戸駅行き普通に乗ろうとして、私が止めたなんてことですが、須磨浦公園駅行き特急に乗り込みます。
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実は、高架線に入ったのですが、
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武庫川駅を通過、甲子園駅に向かって行きます。ここから高架線になっているのですが、撮影は初めてです。
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こちらが、鳴尾浜駅ですが、空が高くなりましたね、ちなみに、左隣が阪神高速道路湾岸線で、阪神大震災の時に、自動車の転落被害が報告されたことで知られております。

ということで、次回は、西宮市を通過して、神戸市に向かいます。ということで、次回をお楽しみに。