名列車列伝特集 10-13「首都圏と甲信越を結んだスプリンターたち」

(N)本日の話題の2本目は、昨日できなかった「名列車列伝特集」の「とき」編ですが、本日は、「あさま」編となります。今回は、「あさま」の輸送力問題を緩和する出来事が起きます。
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(Kt1641F)本日は、「あさま」編ということになるのですね…。
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(Hs1208F)ということで、「あさま」はどうなっていくのでしょうか。
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(Kt1641F)それでは、「首都圏と甲信越を結んだスプリンターたち」の第13回をお贈ります。では、皆様よろしくお願いします。
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(クハ189型)そういうことで、お話を始めます。昭和40年代後半にL特急となった「とき」ですが、合計13往復となったのは昭和48年に入ってからとなりました。そのため、往復数が急速に増えたこのころ、車両の確保が問題となったのは、前回お話した通りですが、昭和50年にもっと大きな変化が西で起きていたので、その影響を、今度は、上越地方及び、東北地方が被ることになります。
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(クモハ165型)実は、山陽新幹線が九州の大都市であった福岡県福岡市博多区の博多駅まで延長され、東海道山陽ルートが完成したことを受けて、今まで走っていた「山陽特急」が廃止となり、東北地方に移ってきた車両が、東北本線を走破する特急として活躍し始めました。これは、「はつかり」編でお話したのですが、「とき」では、そんなに変化がなく、一方で、「あさま」は2往復増発の8往復となっておりました。この差は、当時の輸送力の限界を象徴するものでした。
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(Kt1641F)181系電車って、実は輸送力に限界があったのですよね。
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(クモハ165型)その通りで、私の弟のような存在となっていた169系たちからは、「181系さんは、だいぶ苦労されているようだけど、どうなるのかなぁ…。」と心配していた話をよく聞きました。
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(クハ189型)そこで、開発されたのは私ですね。189系と呼ばれております。189系電車ですが、183系1000番を基になるのですが、EF63型との協調運転ができるように改良されております。
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(Hs1208F)あれ? だとすると、183系0番台をベースには出来なかったということですか?
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(クハ189型)その通りで、183系0番は分割併結、非常扉兼用の貫通扉をつけなければならないという制約が課されていたため、不採用となったわけです。どうしてなのかといいますと、183系電車が走行する特急の区間は、今回の列車のテーマでもわかる通り、少し寒いというのが似合う、甲信越地方ですし、甲信越地方では、雪も降ります。そのため、貫通扉がある車両をベースにするとメンテナンス面で、大変なことになってきてしまいます。
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(EF63型)確かに、その通りで私は、特急車両の置き換えで、輸送量が増えるのではないかと期待しておりました。仲間たちにも聞いてみたところ、輸送力の増強は確実だと、喜んでいましたから…。
(N)実は、189系電車は碓氷峠専用車両として開発されたのですが、碓氷峠以外の路線での運用実績もあり(昭和50年代後半と碓氷峠区間廃止以降)、オールラウンダーとしての使用も期待されていたのですよ。
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(クモハ165型)確かに、増発列車の対応もできますから、その点では、引っ張りだこだったのかもしれませんね。
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(クハ189型)その「あさま」使用となっていた181系電車は、昭和50年に一気に私に置き換わり、残った181系電車は、最後の活躍の地である上越線の「とき」の編成として、最後まで活躍を続けることになるのです。
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(Kt1641F)あれ? ということは、「とき」は最後まで新型車両に一本化できなかったということですか?
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(クモハ165型)その通りで、私も驚いたのですが、在来線特急「とき」はそれまでのイメージとは異なり、新型車両の導入途中で、新幹線に置き換わった悲劇の特急ということになるわけです。ということで、次回記事ですが、「あずさ」編の昭和50年とはどういうことだったのか、それについてお話します。次回をお楽しみに。