名列車列伝特集 10-15 「首都圏と甲信越を結んだスプリンターたち」

(N)さて、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「とき」編ですが、今回は政治の話をお話していきます。
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(Kt1641F)この話で、初の政治関連という話ですよね。どう関係していくのかですが…。
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(Hs1208F)その話興味があります。どうなっていくのですが…。では、皆様よろしくお願いします。
(N)それでは、「首都圏と甲信越を結んだスプリンター」の第15回を始めます。といいましても、今回の主役は、私の話がメインです。
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(クハ189型)それでは、私もその言葉に、甘えましてお話を聞きます。そもそものきっかけは?
(N)昭和45年にまでいったんさかのぼります、実は、新幹線の計画は、東海道新幹線と山陽新幹線が岡山駅までが開業する予定となっておりました。おりしも、世間一般では、昭和45年の3月から、10月までの7か月間、大阪府吹田市千里で開催された「万国博覧会」で、多くの需要が見込まれることが明らかになった結果、新幹線の評価が高まり、2年後の3月に、山陽新幹線の新大阪駅から、岡山駅までの路線が開通しておりました。そのため、これを全国各地に、広がるきっかけを作りました。その中で、それを加速させるのですが、その人物として、知られているのが、田中角栄氏です。
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(クモハ165型)実は、特急「とき」でも、よりによって、輸送力が限界をきたしてきたことも、加速させる背景には、政治的な思惑もあったということですか?
(N)その通りです。大きな背景として、2つあります。一つは、昭和45年は、大型ジェット旅客機を日本国内の航空会社が初導入したこと、2つは、乗用車の家庭での普及が大きな背景に横たわっておりました。そのため、新幹線を全国各地に展開させることが必要と考えていたのが、田中角栄氏でした。ただ、本来の目的は、現在も課題として上がっております『地方創生』です。
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(クハ189型)そうだったのですか?
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(Kt1641F)どういうことですか?
(N)実は、田中角栄氏の選挙区でもあり、地元でもある新潟県内は、有数の豪雪地帯であり、その地域で土建会社に携わっていた角栄氏だからこそ、土木建築で生活改善を行おうとしていたのです。
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(Hs1208F)確かに、地方は公共事業に頼っている部分が大きいですね。過疎過密問題を解決するうえで、重要な話だったのですね。
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(クハ189型)しかし、それが実ったのでしょうか?
(N)それが、実際には実らなかったのですよ。実際議員だったころに、ベストセラーとして書かれた書籍だったことを考えると、いかに、現実性を当時の日本が帯びていたのかが、ここからもわかってくると思います。ということで、お話はここまでということにします。それでは、次回予告ですが、その後半で国鉄の影響についてです。