名列車列伝特集 10-17 「首都圏と甲信越を結んだスプリンターたち」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「とき」編ですが、本年最後の記事ですね。
イメージ 1
(Kt1641F)しかし、本年もあとわずかですね。明日が大晦日ですね。
(N)ええ、その通りです。実は、明日に旅に出る予定ですので、明日は、2本目があるのかどうか、分かりませんし…。
イメージ 2
(Hs1208F)出す予定ですか…?
(N)一応、その予定ですよ。ということで、「首都圏と甲信越を結んだスプリンター」の第17回です。お話は、昭和50年代に話が移っておりますが、実は昭和53年に向かっていきます。では、よろしくお願いします。
イメージ 3
(クハ189型)昭和53年になるまで、181系特急電車の老朽化は深刻で、181系の代わりに投入される183系1000番は、増備を続けます。そして、昭和53年に食堂車両の使用が停止されます。しかし、181系電車は活躍を続けます。
イメージ 1
(Kt1641F)どうして、そうなったのですか?
イメージ 4
(クモハ165型)実は、国鉄の赤字の問題が隠れておりました。それに、私たちの活動が縮小される昭和57年には、『日本国鉄再建法案』が可決成立される結果となっております。
(N)確か、中曽根康弘内閣のころのことで、日本にあった3大公社の民営化をこれで達成することになりました。
イメージ 2
(Hs1208F)あと二つは…?
(N)一つが、日本専売公社、今のJT、日本たばこ産業株式会社のこと、二つは、日本電電公社で、現在のNTTのことです。
イメージ 3
(クハ189型)その問題は、実際に私たちの導入に対して、障害を課しておりました。
イメージ 1
(Kt1641F)一方で、「あさま」については?
イメージ 3
(クハ189型)「あさま」については、189系の装備に地上設備が追いついたことから、堂々の12両編成運転が開始されることになりました。これによって、特急「あさま」は、信越本線のエースとしての風格を帯び始めておりました。ただ、昭和53年に特急「白山」のL特急化が起きて以後、列車の食堂車がいったん外れることになりました。これには、東北本線用特急編成との共通化を狙ったものと、それに食堂車のMG、いわゆる電動発電機の仕様を変更する作業が行われていたことが理由でした。
イメージ 4
(クモハ165型)その陰で、急行の需要は低くなっていきます。「とき」の増発に伴い「佐渡」は勢力を縮小、さらに「あさま」の増発が続いた信越本線では、「信州」の勢力縮小は決定的となり、「妙高」も同時に、勢力を弱めていきます。一方で、「いなほ」は勢力を伸ばして、上野駅と秋田駅及び、青森駅を結ぶ特急として、勢力を伸ばしていくのですが、3年後にあの新幹線の開通で、大きな岐路に立たされます。
イメージ 3
(クハ189型)で、昭和57年11月15日のダイヤ改正で、「とき」の新幹線への格上げが決定、しかし、「いなほ」も、上野駅と、新津駅までの運転を、上越新幹線の格上げが決定することになるわけです。しかし、この時点で、急行「佐渡」は、夜行便を除くですが、「佐渡」は昭和60年に消失します。
イメージ 4
(クモハ165型)その後、「あさま」と「あずさ」は、新幹線開通後も存続して行きます。さて、年明けの1月13日から、新幹線「とき」の時代と現在の「たにがわ」源流となる上越線区間運転列車の歴史について、お話します。実は、現在の上越新幹線の系統は2種類の源流が存在していて、そのうち、本体をお話したのですが、2週間後からは、その流れと似た流れを持つ「谷川」、「草津」、「あかぎ」たちの活躍をお届けします。
イメージ 1
(Kt1641F)その前に、本年も「名列車列伝特集」をご覧いただきまして、ありがとうございました。今後も、列車と歴史についてお楽しみいただけますよう、努力していきますので、今後もよろしくお願いします。