名列車列伝特集 10-19「首都圏と甲信越を結んだスプリンターたち」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」から「とき」編の続きとなります。さらに、1週間ほどあけてしまって申し訳ございませんでしたm(_ _)m。
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(Kt1641F)どうしたのですか?
(N)腹痛を起こしましたが、今は回復しておりまして、お騒がせしまして、申し訳ございませんでしたm(_ _)m。
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(Hs1208F)大丈夫だったのですよね。
(N)大丈夫ですよ。ということで、気を取り直して、「首都圏と甲信越を結んだスプリンターたち」の第19回です。ということで、皆様よろしくお願いします。ということで…。
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(クハ189型)さて、「とき」が新幹線への変更が、昭和57年11月に起こった後、「あさま」と「あずさ」は、在来線特急として残ったことになっておりました。で、新幹線として運転を開始した「とき」は、大宮駅から新潟駅の区間を走る各駅停車タイプの列車として、運転を開始しました。ところが、現在「とき」は、速達タイプから、準速達タイプまで運転されております。純粋な各駅停車タイプといえる列車が登場してきます。それが「たにがわ」という名前の列車です。その起源となるのは、再びさかのぼって、昭和32年にさかのぼります。
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(クモハ165型)それを担当したのは、私たち165系電車ですが、この列車は「ゆけむり」という名前でした。「ゆけむり」は、「奥根利」という名前の列車名も、その翌年に登場しました。そして、臨時準急としてスタートしました。実は、その前に搭乗していた列車の実績があり、昭和25年に登場していた快速列車として「あかぎ」が運転され始めていきます。その後、昭和35年から80系電車の運転する臨時準急として運転されるようになりました。
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(Kt1641F)ということは、80系電車の使用される準急として運転されていること、それから、昭和32年までに、電化区間が伸びておりましたので、昭和32年ごろは、電化されていた可能性は大きいのかもしれませんよね。
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(クモハ165型)それは、少し違う形になると思います。多分客車で運転を開始し、昭和33年に電車化されたと考えられます。おそらく、80系電車使用列車として、定期化されたのは、「あかぎ」と同じ昭和35年と考えられます。
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(クハ189型)それで、「ゆけむり」と「あかぎ」、それと同時期に誕生するのが、「草津」です。実は、この3列車は、昭和57年に特急列車に格上げされ、昭和60年ダイヤ改正で「新特急」という名称変更を行って、新たな出発を遂げるわけです。実は、その列車の内、「あかぎ」と「草津」が、在来線特急として残ったというわけです。
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(Hs1208F)えっ‼ 「ゆけむり」はどうなったのですか?
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(クモハ165型)それが、「たにがわ」という列車名となったのですよ。
(N)新幹線として、「とき」は発展を遂げたため、「とき」の補完役としての急行「ゆけむり」は、「谷川」に列車名を変更します。在来線列車は、その後「水上」という列車名になるのですが、それは、まだ先のお話です。
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(クハ189型)あの、ナレーターさん。まだ先の話ですが、実際に在来線特急と新幹線が同時並走するのは、平成22年まで、28年にわたって続くことになります。
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(クモハ165型)ほかにも、新幹線と特急列車が、並行するのが九州寝台特急と東海道山陽新幹線が並走していた昭和39年から平成21年までの45年間を指しておりました。
(N)しかし、在来線昼行特急として、高崎線の優等列車が、最も需要が高いのか、分かるような気がします。ということで、次回は、昭和57年以後の「あさま」の関係を見ていきます。ということで、次回をお楽しみに。それでは。