近鉄初詣タビは、伊勢へ「伊勢賑わい道中旅」 08

本日の話題の2本目は、「鉄タビ」本編から「近鉄初詣タビ」の第8回をお届けしますが、画像がとんでもないことになっております。それをお許しください。

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大阪難波駅から1時間50分、伊勢志摩の玄関口、宇治山田駅に到着した私と、父ですが、時刻は午前1時50分、人によってはご就寝中、いわば初夢を見ている状態のさなかですが、
イメージ 2降り立った場所から、さっそく撮影を開始しました。この宇治山田駅を含む山田地区は、伊勢神宮外宮の門前町として栄えた地域です。この後に訪れる内宮も、伊勢神宮の社殿の一つですが、この内宮と外宮が、別々のライバル関係にあることは意外と知られていません。
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そもそも、内宮と外宮がどうしてできたのか、この元を探っていくと、最初の歴史書となる『日本書紀』に求めることができます。ここからは講談風にしてみます。

時は、崇神天皇6年(年代不明)、政情不安に陥っていた大和国では、崇神天皇の求めに応じて、会議を招集いたしました。ある男は、

「政情不安が起きたのは、実際に神が、あるのが原因ではないか?」

と、もう一人の男は、

「では、どういう神が、祀られているからなのかな?」

と聞きます。そのやり取りを聞いていた崇神天皇は、このようにおおせられました。

「私は、どう考えても、私の皇祖となる天照大神様をほかの神と合一していることに問題があると思う。そして、このような混乱が起きたのは、少なからぬ私の失態だ。そこで提案なのだか、私の娘である豊鍬入姫に、皇祖の天照大神の御霊を、お移ししたいと考えているが、皆々の者はいかがかな?」

と…。

実際に、そのような会議、会話があったのかは、あくまで推測ですので、これが事実とは言えません。ただ、『日本書紀』の記録では、倭笠縫邑に移したそうです。さらに『日本書紀』を読み解くと、垂仁天皇25年3月に、皇女の倭姫(やまとひめ)に命じ、五畿内、五畿以外の場所を探っていたあと、伊勢国に祀ることになったのです。そして、伊勢神宮が出来たのです。
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これが、内宮の起こりといわれております。
これに対して、外宮の起源は、ざっと下って平安時代初期、延暦23(804)年に編纂された『止由気宮儀式帳』では、雄略天皇23(478頃)年に枕元に、天照大神が立ち「自分一人では、生活できないので、誰かを使いとしてよこしてくれないか?」とおっしゃられたので、「豊受大神」を祀ることになったというのです。

さて、これがどうして、ライバルなのかといいますと、それぞれの場所に、門前町ができたことが大きなきっかけです。

実際に、このライバルとなった地区名は、宇治と山田という二つの地名です。この二つの地域は、場所的に言うと、電車とバスを使って、20分の距離にあります。
この内宮と外宮は、それぞれ独立、また独自の町並みを形成しており、
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参拝する人たちにとっては、外宮と内宮とも同じ場所だと考えたのですが、当事者は違うということです。
そのため、多くの弊紙が外宮に流れ込んだのです。そのため、内宮の人々は経営が苦しくなり、その分け前の半分を収めよと脅したのですが、逆に内宮の参道を封じる手に出てしまったのです。それによって、流血事件に発展したのです。
文明17(1485)年から明応2(1493)年の8年にわたって続いた「宇治山田合戦」によって、多くの死傷者出す結果となってしまいました。ちなみに、この時の山田地区は2度も火炎で焼かれる結果となりました。
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そして、その後も宇治地区と、山田地区が対立した時代が長く続くことになり、その対立が終わったのは、明治維新以降となります。その後、明治39(1906)年に「宇治山田市」が誕生し、昭和30(1955)年に現在の「伊勢市」となりました。
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しかし、行政単位としての「宇治山田」は消滅したものの、現在も地区名としての「宇治山田」は存続しています。
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そんな歴史のある宇治山田地区から、外宮まで歩くことにしてみました。実際に夜間であったことから、画像はかなりぶれております。
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時刻は、午前2時。外宮へは歩いて10分の距離にあります。
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やはり、「お伊勢参り」の土産の定番「赤福」の看板が、あちこちにありますね。
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まだ、午前2時ですが、参拝客の方が伊勢市駅から、やってきているのではないかなと、私は感じたのですが、時間帯が時間帯だったことから、それほど多くなかったです。
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実は、外宮参拝直後に、ここでぜんざいを食するのですが、ここも「赤福」の系列店だったのは、後から知った話です。
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そして、月が瞬く伊勢の地、そこで外宮に参拝します。ということで、次回のお話は、外宮と関係してくる「斎宮」と、天皇陛下が伊勢神宮を参拝したのが、いつだったのかそれについて、お話を続けていきます。
次回をお楽しみに。