近鉄初詣タビは、伊勢へ「伊勢賑わい道中旅」 12

本日の話題の2本目は、「鉄タビ」本編から「近鉄初詣タビ」の第12回です。

さて、宇治山田駅から、一駅先の五十鈴川駅に向かいます。さて、五十鈴川駅ですが、この駅ができるのは、昭和45年になってからです。今回の解説は、「式年遷宮」自体の本来、どういうことで20年ごとに遷宮を行うようになったのか、それについてのお話をしていきます。
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実は、第9回で、近鉄特急の新車が「式年遷宮」のサイクルと同じように、20年ごとに、入れ替わっているというお話をしたのですが、その「式年遷宮」が20年ごとなのかという疑問がありますよね。
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どうして行われるようになったのかは、諸説ありますが、伊勢神宮自体の社殿建築構造に特徴があります。どうしてかといいますと、この画像で、
この画像は、屋根は瓦ぶきの屋根ですが、実は瓦ぶきの屋根の耐久年数の関係で、20年ごとに「式年遷宮」が行われるようになったという説がありますが、それだけではなく、もう一つは、神社建築と宝物などの技術伝承のため、「式年遷宮」を行うという説もあります。ただ、疑問があるのが、技術者が少ない現代なら、技術伝承は必要ですが、果たして「式年遷宮」が行われた天武天皇14(685)年に、その必要があったのか、という点です。
それなら、世代交代が行われる20年ごととしている点も、「技術伝承」の点では、合うのかどうか、それについて説明が難しく、この二つの説も説得力に欠けます。
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では、ただ単なる耐久年数だけの問題なのか、これについても諸説があります。実際にお寺では、耐久年数を越えた建物については、改修工事を行っていきますが…。実際に神社は、回数が異なり数十年間隔で定期的に、遷宮を行うことが知られております。
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例えば、出雲大社では、60年に一度の社殿を立て替えますが、
Kasuga-taisha11bs3200.jpg春日大社は「式年造替」という形で、20年ごとに造営を行います。それゆえ、「式年遷宮」も、神聖な場所であることから、建物自体ではなく、場所そのものを新しくするという「清新性」を発揮することが求められているわけです。
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そのために、「式年遷宮」を行って、8年という長い期間を置いて、お祭りを行うということも示しており、8年間という長い年月をかけて神社建築の伝承を行うという問題だけでなく、「清新性」の問題も併せ持ったことによるものとされているわけです。
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さらに言うと、そこから推定すると、公共事業の役目も同時にになっていた可能性もあります。実は古代において、「式年遷宮」の資金は、神領(神社所管の土地)からの税金を徴収していたのですが、中世には「役夫工米」と呼ばれる年貢米が当てられており、戦国時代の合戦期の中断を経て、近世以降では江戸幕府の公共事業として、資金を出すなど、公共事業的な役割がありました。
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そうだとうことになるわけです。それが現在は、一般の参拝者の浄財(お賽銭などを指します)が使用されております。
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そして、4年前の平成25年に「式年遷宮」を行っているのは、そういうことかもしれません。
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では、本当のところですが、「皇祖神の『天照大神』様が、祀られているのは?」という疑問が浮かんできますよね。それについては、次の記事でお話する予定です。
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ということで、私と父は、伊勢神宮内宮の最寄り駅である五十鈴川駅に向かうことになりました。
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やってきたのは、鳥羽駅行き急行で、5200系ですが、使用は名古屋線で使用されている5160編成で、それに乗り込んで、五十鈴川駅を目指します。
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そして、五十鈴川駅でビスタカーEXを外側から撮影し、
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バスで、伊勢神宮内宮へと向かうことになりました。運賃は、片道300円です。
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ということで、「内宮」へと向かいます。それでは。