名列車列伝特集 10-28 「首都圏と甲信越を結んだスプリンターたち」

(N)さて、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」から「とき」編の平成二ケタ台に入ったころのお話です。
イメージ 1
(Kt1641F)また、「とき」本体に戻っていきます。今回は、平成二ケタ台の時代からですが、私も生きていた時代です。
イメージ 2
(Hs1208F)僕は、まだ生まれていないのですよね。楽しみです。
イメージ 1
(Kt1641F)ということで、「首都圏と甲信越を結んだスプリンターたち」の第28回です。
イメージ 3
(Tsc200)さて、私たちが、運用に就いてから15年、新幹線「とき」は、主要駅停車版として、運用に就いていたのですが、その年に「とき」は上越新幹線上から、姿を消します。実は、東北・上越新幹線の運行系統の整理が行われました。それについて、東北新幹線のダイヤ変更が、大きくかかわっております。それは、この年ですが、秋田県と、岩手県を結ぶ田沢湖線の改軌が行われました。それが「秋田新幹線」でした。実は、そのダイヤが大きく左右しております。
イメージ 4
(クハ189型)実は、この「こまち」が登場したことで、列車系統の考え方が大きく変わったということですよね。
イメージ 5
(E2)その通りです。実は、東北・上越新幹線は、行先別に運転が分かれることで、どの列車に乗っていくのかを分かりやすくなったのです。つまり、どのれっしゃにのっても、行先が新潟駅なら、「あさひ」と言うことになります。それで、ややこしくなったのが「やまびこ」です。その話は置いておいて…。この間、「とき」の列車一時期表舞台から消えてしまいました。しかし、「佐渡島の朱鷺」といわれるほど、新潟県内の県民にとっては、切っても切れない名称となっておりました。
イメージ 1
(Kt1641F)やはり、「名は体を表す」ということですね。
イメージ 2
(Hs1208F)それでですか、「とき」が消滅したのですが、その後復活の動きがあったわけですね。
イメージ 3
(Tsc200)それが意外と早く、平成9年の「あさひ」統一後から、わずか5年後の平成14年、「あさひ」の名称が「とき」に変更されていきます。それで、平成14年以後は、「あさひ」が消滅した流れから、「とき」は上越新幹線のエースとして、運転されるようになっていきました。
イメージ 4
(クハ189型)おそらく、「とき」は上越本線を代表する特急として、速達化を実現する列車も引き継いだということになるわけです。ところが、その2年後に、新潟県中部を震源とした「新潟中越地震」で、初の脱線事故が起きた後も、上越新幹線では、最優等列車として活躍しております。
イメージ 5
(E2)先輩は、その土台を作ってくださったのですから…。
イメージ 4
(クハ189型)それより、「あさま」関連は、あなたが主役ですから、頼みますよ。
イメージ 6
(EF63型)そういえば、私も一部の話を、していきたいですね。ということで、次回は、「あさま」の新たな一歩と、オリンピックについてお話します。次回もお楽しみにそれでは。
イメージ 1
(Kt1641F)エンドコールありがとうございます。