名列車列伝特集 10-29 「首都圏と甲信越を結んだスプリンターたち」

(N)さて、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」から「とき」編の第28回ですが、本編は第28回ですでに終了と相成っておりまして、今回からは、「あさま」と「あずさ」のその後をお話します。第29回は、「あさま」のその後です。
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(Kt1641F)で、再び、平成9年に戻って話を進めます。ということで。
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(Hs1208F)「首都圏と甲信越を結んだスプリンターたち」をお届けします。出演の皆さまよろしくお願いいたします。
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(Tsc200)さて、通称名「長野新幹線」が開業した平成9年10月、その翌年というより、3か月後に、「第18回冬季オリンピック長野大会」(正式名称)が、15日間の日程で開催されました。皆様も20年後となる本年の2月に、「第22回冬季オリンピック平昌大会」の記憶もありますが、この年は新幹線にとっても、重要な年でもありました。実は、「あさま」を担当していたE2系がフル編成が稼働している状態で、人でも足りないことから、私の一人となる特殊F80編成が、E2系編成を補う形で、貸し出されることになりました。
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(E2)確かに、始めのころは、先輩にも手伝ってもらったことはあったのですが、オリンピック後も、長野を訪れる方が多いため、当初、東京駅から長野駅間24往復体制だったのが、3往復増えた形となりました。ラッシュから深夜までの稼働時間単位で計算すると平均で20分ヘッダーで東京駅と長野駅を結んでいたことになります。それに停車駅の変遷もまちまちだったので、「難解」だと揶揄されたこともありました。
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(Kt1641F)それって、どういうことですか?
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(E2)ここがややこしいのですが、上越新幹線の各駅停車を兼ねた列車がある一方で、最速達列車では、主要停車駅を軒並みすっ飛ばして、長野駅までノンストップという列車もいたからです。
(N)実は、平成14年まで運行されていた列車に存在していて、わずか5年間の運行でした。私も、高校生に拝見したことがあったのですが、「レ」文字を見て、「おいおい、高崎とかは止まらんの?」と突っ込んだことを覚えております。
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(E2)ですよねw。利用客が見込まれないと判断したのか、ノンストップタイプは、結果的に5年で姿を消すことになりました。しかし、代わりに「あさま」の停車駅の変遷は、全線ノンストップ列車は無くなったものの、代わりに大宮駅が、全列車で停車となるなどの改善がみられることになります。実は、この「あさま」が引き継がれた北陸新幹線は、在来線の扱いをめぐるうえでの一例も作ることになりました。それについては、EF63型さんが詳しいので、そちらにお願いいたします。
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(EF63型)分かりました。この平成9年10月ダイヤ改正で、碓氷峠区間の廃止を決断したのは、既に触れておりますが、長野県内の在来線の運命も大きく変えました。篠ノ井線との合流点に当たる篠ノ井駅と、碓氷峠を越えた観光地軽井沢の区間を結ぶ路線が、JR東日本から長野県が出資する第三セクター「しなの鉄道」に移管されたことがきっかけでした。これが、新幹線建設によって生じる在来線取り扱い問題の解決策の一つとして、浮上します。しかし、この後、並行在来線の存在意義が問われる結果をもたらします。
(N)確かに、碓氷峠以外の区間は存続したものの、結果的には並行在来線は、赤字経営に転落したところもあり、あの手この手で、集客に躍起になっていますものね。
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(EF63型)それもそのはずで、在来線の区間を受け継いだ第三セクター路線は、私たちが運用に携わっていたころとは異なり、特急列車以外の列車があまり運転されていなかったことから、実際に言うと、赤字経営を続けるしかなくなったとされているわけです。
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(E2)それは、私たちも感じていたことで、東京だけでなく、関東地方に出るには新幹線を利用すると早いと言われておりますが、東京新宿に向かうのでは、料金面では、高速バスが新幹線を圧倒するなどの問題があります。ただ、所要時間を考えると、新幹線に軍配が上がります。どちらにしても、「時間短縮」と「家計の節約」を両立させることはできない。ということになるわけです。
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(Kt1641F)確かにその通りですよね。バスと、鉄道では、かかる時間も変わってきますが、同時に料金面でも変化はありますもの…。
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(Hs1208F)私の所属している会社も、バス会社を傘下に持っておりますが…、やはり、若者とかは長距離移動には「高速バス」を利用している人が多いですよね。
(N)ただ、高速バスにも問題がないわけではありません。例えば、事故に関しても解決している問題ではありませんから、それでもって、若者が「高速バス」を利用しないという話にはなりません。
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(E2)さて、「高速バス」の話は置いておいて、このまま「あさま」が新幹線として、運転を開始してから18年が経過した平成27年、ついに、北陸新幹線の金沢駅までの開業が実現し、「かがやき」が最速達として運用に入ると同時に、北越急行で活躍してきた「はくたか」が、準速達列車として運転を開始します。実は、「はくたか」が信越ルートで戻ってくるのは、昭和40年のダイヤ改正で82系気動車特急として3年間活躍して以来、じつに半世紀ぶりの帰還ということになります。実は、この間に「とき」本体というよりも、「たにがわ」系統の変化が起きていたのですが、実際に「たにがわ」の行き先を、長野方面に振り替える形で「あさま」に吸収させ、上越新幹線区間を、各駅停車とさせる措置が取られることになりました。全盛期には28往復だったのが、11往復を「かがやき」及び、「はくたか」が担当することになり、削られて17往復にして、現在運航中です。今後は、全列車が各駅停車となるバージョンも出てくるかもしれません。
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(Kt1641F)まあ、しかし、現在も「あさま」は各都市の需要を掘り起こしつつ、活躍をし続けているということですね。
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(E2)そういうことです。今は、私の後継に当たるE7君と、W7君ががんばっておりますが…。この語の物語は、彼らが紡いでいくのかもしれませんね。私は、「とき」の運用が待っておりますので、ここで失礼します。ということで、最終回となる次回は、「あずさ」編のその後をお送りいたします。
(N)それでは、次回をお楽しみに。