名列車列伝特集 インターバル編 中

(N)さて、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」のインターバル編中編です。
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(Kt1641F)本日は何をやるのですか?
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(Hs1208F)ワクワクしますね。本日は、特急列車に関しての時代背景についてですか?
(N)いいえ、実は、車両面から特急列車がどのように変わっていったのかについてです。実は、特急列車も初期の客車から、第10弾の「とき」まで、さまざまなバリエーションがあったことを、見てきましたよね。
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(Kt1641F)そうでしたね。それについてですか?
(N)その通りです。では、
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(マイテ49)最初は、私から始めるのですが、実は、日本で初めて特急が運転されたのは、明治45年の「最急行」を昇格させたことが起源とされております。その時は、まだ木造車両がほとんどだったのですよ。どうしてなのかといいますと、当時は上中下等から数字による1.2.3等に変更された時期が重なっていたこともあって、当時の内装は豪華で、編成が、郵便小荷物車両が1両、2等車2両、2等寝台車1両、食堂車1両、1等寝台車1両、1等展望車両1両でした。1等寝台車は、現在のスイートで、2等寝台車両はシングルデラックスのようなものだと想像してください。
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(Kt1641F)それでも、まだ木造だったわけですね。
イメージ 3(マイテ49)その通りですが、この構造が大きく変わるのが、昭和5年の「富士」と「さくら」の設定されたのですが、この時は特急列車として運転され、その時に登場したのが、鋼製車両です。いわゆるリベットの跡がみられる車両です。
イメージ 2(Hs1208F)それって、いつまで続いたのですか、私がいる会社では、そういった車両がいませんが…。
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(Nk7121F)確かに、阪神大震災で被害に遭った関係から、いなくなったといわれておりますが、私の所属する南海電鉄では、6000系系列でも使われておりましたから、意外と身近にありましたよ。
イメージ 1(Kt1641F)確かに、南大阪線で使用されている6400系さんから聞いた話では、「丸い斑点があるけれど、どうしたの?」と聞いたところ、南海6300系の答えは、「”リベット”と呼ばれる熱い小さな鉄棒を削った跡だよ」と…。
イメージ 3(マイテ49)それは、技術革新が行われた戦後の技術で、当時はリベット自体が飾りとして重宝されていた時代でしたから…。
イメージ 1(Kt1641F)そして、客車特急は大きく変化したのが、昭和33年の20系客車の登場ですよね。
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(カニ21)その通りです。私はそれまでの客車特急のイメージを大きく変えました。その後、私を基にした車両が派生していきました。実は、この車両の大本はフランスからきていると第4弾で、ナレーターさんがTGV-POSさんに語らせたのですよね。
(N)ええ、そのため、海外組の多くが、質問したりして、面白かったですね。
イメージ 4(カニ21)その後、客車特急は、昼行特急はディーゼル、電車特急に変更される遺体は、夜行列車として運転されていたわけで、現在は、運転されていないと聞きますが…。
(N)その通りで、今ではクルーズトレインの「ななつぼし」くらいです。悲しい話ですが…。
イメージ 1(Kt1641F)まあ、第1弾の「つばめ」から、第4弾の「あさかぜ」まででしたが、本当に技術革新の積み重ねだったということでしょうか。
(N)そういうことになるのかもしれません。ということで、次回もインターバル編ですので、お楽しみに。それでは。