名列車列伝特集 11-1「新幹線を支え、山陽路を支えた名特急! 01」

(N)さて、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の第11弾ですが、「新幹線を支え、山陽路を支えた名特急」のお話をしていくのですが、誰のことなのか…、実は意外な、お方が主役です。
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(Kt1641F)どなたですか?
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(Hs1208F)山陽路ということは、山陽本線ということですね。
(N)その通りですね。いったい誰なのかといいますと、「しおじ」という名前の列車です。皆様ご存知の方は、少ないと思います。
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(Kt1641F)私もはっきり言って、知らなかったことばかりです。ということで、「新幹線を支え、山陽路を支えた名特急」をお話します。では、最初にお話をしてくださるのは…。
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(クハ481型初期)最初の説明は、私がしていきますが、私の登場した年は、「しおじ」が投入されてから2年後で、それまでのお話は、82系気動車さんにお話を頂きましょう。
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(キハ82型)では、私が最初にお話します。実は、「しおじ」の登場の背景にあるのは、大阪から、山陽地域を結ぶというより、関西圏から下関及び九州を結ぶ列車が復活するのは、昭和23年になっているのですが、特急「かもめ」の登場の前に、京都駅と博多駅方面に向かう急行「玄海」号となる、不定期準急211/212列車が誕生したのです。実は、この列車ですが、宮崎県の都城市に向かう列車を併結しておりました。実は、第14弾の予定として「あかつき」が登場するのですが、その盟友ともいわれている「彗星」の原型は、ここから来ております。まあ、また触れる機会がありますので、そちらで、そして特急列車として昭和28年に「かもめ」が誕生。その後、電化が進まない山陽本線で、電化工事が着工するのは、昭和30年代に入ってからです。
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(Kt1641F)以外に、電化を行う時期が遅かったのですね。
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(クハ481型初期)それは、戦争の中断が影響したことによるものだといえますね。ただ、戦前に出来た電化区間があったことも影響していて、山陽本線の電化は、パズルの穴埋め問題と一緒だったというわけです。実は、昭和33年まで電化ができていた区間は、兵庫県内の神戸市神戸駅から明石市西明石駅までの区間と、山口県下関市下関駅と福岡県の北九州市門司門司駅までとなっていて、山口県内はもちろん、沿線の岡山、広島両県もこの恩恵にあずかれないという事態に直面していたのです。
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(Hs1208F)私の先輩もお話していたのですが、「喫茶店」と呼ばれた大先輩がいて、彼らが阪神間で、三つ巴の乗客獲得競争を繰り広げていたという話は、よく耳にしました。
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(キハ82型)そうですね。ただ、そういったことがあったためか、昭和36年から登場するのが、「みどり」という列車です。実は、「インターバル」編で少し触れたのですが、この「みどり」は、行先が改正ごとに、変更となった列車名ですので、面白い話です。さて、それが昭和36年で、「みどり」の行先は、大阪駅から博多駅の間を走る列車として運転を開始しました。
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(クハ481型初期)その後、昭和39年のダイヤ改正を目指して、山陽本線は電化工事を加速させます。昭和34年には、上郡駅まで電化、つまり兵庫県内は電化済みとなり、岡山県に突入、一方で、山口県内の電化は、昭和36年からですが、下関駅側から開始されていきます。言ってしまえば、トンネルを掘るとき両端から掘っていくというからくりとなっていたわけです。
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(Kt1641F)なるほど、そういったことが面白い話ですね。面白いですが、どうして、こうなったのですか?
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(キハ82型)実は、特急「みどり」が新幹線の開業以降、熊本駅と大分駅間を走る特急に生まれ変わり、新大阪駅と博多駅を結ぶ列車は「つばめ」と「はと」が担当となりました。しかし、山陽本線と首都圏を結ぶ新幹線連絡特急として、新たな列車が誕生することになったわけです。それが…、「しおじ」という列車名でした。ちなみに、「潮路」というのが、漢字名で文字通り、「塩の道」という意味だったわけです。
(N)まあ、そんなわけで、今回のお話はここまでです。次回からは、新幹線開業後の「しおじ」の活躍をお話していきます。

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