名列車列伝特集 11-3「新幹線を支え、山陽路を支えた名特急! 03」

(N)さて、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「しおじ」編第3回ですが、今回のお話は、「しおじ」の登場ですが、その話を始めます。
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(Kt1641F)今回は、その登場のお話ですよね。
(N)その通りです。
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(Hs1208F)山陽電鉄の直通運転をしていた先輩のお話も聞けるのかな?
(N)さて、どうでしょうか…。
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(Kt1641F)それでは、「新幹線を支え、山陽路を支えた名特急」の第3回をお贈りします。
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(キハ82型)さてさて、前回の第2回で、特急「へいわ」のお話ですが、山陽本線が昭和39年10月1日、この日にダイヤ改正が行われ、東海道新幹線が全通開業、山陽本線の特急運転が充実することになりました。当時の始発特急は、大阪駅を午前7時丁度に出発する宇野駅行きの「うずしお」、続いては、京都駅午前8時発の宮崎・長崎駅行きの「かもめ」が続きますが、実は、実質上の新大阪駅を始発とする特急は、午前10時半に熊本駅と大分駅に向かう「みどり」になっており、私が担当した熊本方面の列車が最初となりました。そして、新大阪駅の最終となるのが午後3時20分発の新設特急「しおじ」で、下関駅に到着するのは、午後11時20分でした。
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(クハ481型初期)しかし、それでは、今後増える新幹線との連絡には万全といえず、新たな特急の運転を模索しておりました。実は、この後にご紹介する「あかつき」もそういった経緯で生まれた列車でありますが、その点は、「あかつき」編に回しまして、昭和40年10月1日のダイヤ改正で、その施策を試みます。実は、「つばめ」編と「かもめ」編にも登場しますが、この時に鹿児島本線電化区間の熊本延長で、特急「みどり」の熊本駅行きが、新大阪駅と博多駅を結んでいた「つばめ」に延長運転の形で移管され、運転区間の大阪口側が、名古屋駅側に伸びて、名古屋駅始発9時15分発熊本駅行きロングラン特急「つばめ」が誕生し、それに合わせて、長崎駅行き「かもめ」が鹿児島県の西鹿児島駅、今の鹿児島中央駅を結ぶ編成に変更されたうえで、「しおじ」にも変化が表れていきます。実は早速ですが、往復数が増えたのです。
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(Kt1641F)そういえば、午後に出発する列車が1本だけだったのですよね?
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(キハ82型)その通りで、今回の改正でお昼に出発する便が増えたのですよ。実はその1時間後を追う列車が、博多駅行きの「はと」でしたが、実は、山陽の中心都市である広島駅を通過していた関係から、広島駅始発終着とする特急が誕生します。それが「しおかぜ」です。
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(Hs1208F)先輩から聞いた話ですが、「しおかぜ」は高松駅と松山駅を結ぶ特急で運転していたという話を聞いたことがありますが?
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(キハ82型)確かに、その「しおかぜ」は第2代目で、初代は、新大阪駅と広島駅を結ぶ短命ながらであるのですが、れっきとした特急列車として活躍を開始したのです。ちなみに、第1便となる「第1しおかぜ」は新大阪駅を午前9時半に出発する列車で、広島駅には、午後2時前に到着する運用となっておりました。そのあと追っているのは、1時間後の10時30分発の「みどり」で、この後を追うのですが、広島駅を1時間ごとにし到着するダイヤに変更したのです。実は、80系気動車特急にもこの改正が及び、「みどり」と「かもめ」の編成の行先変更、それによって余った行先として宮崎駅行きに「いそかぜ」が誕生したのです。
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(クハ481型初期)そして、「みどり」の後に、「第2しおかぜ」が追っている形で、1時間に到着する形となりました。「しおじ」と「しおかぜ」は2往復化された上に、大坂と広島間が電車特急が7往復、ディーゼル特急が3往復という形になっていたのですが、80系気動車特急の形が、「みどり」が電車化した後ですが、ディーゼル特急「いそかぜ」が、佐世保編成を受け持つことになります。
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(Hs1208F)実は、大先輩の7890型さんから聞いたお話ですが…。
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(Kt1641F)武庫川線の番人となっているあのお方?
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(Hs1208F)そうですね。彼から聞いたお話では、「しおかぜ」は、連結器のカバーを外した151系電車が使われていたと聞いたことがあります。
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(クハ481型初期)いいところに気づいていたのですね。実は、この「しおかぜ」は、もともと、九州方面対応改造されていた151系電車を、ねん出したことによって生まれた列車だったこともあり、このような疑問を持たれた方もいらっしゃったのかもしれません。
(N)この昭和40年10月のダイヤ改正で、特急「しおじ・しおかぜ」コンビの発着時刻は、第1便となる「第1しおかぜ」が新大阪駅午前9時30分発、「第1しおじ」が午後12時30分発、第2便となる「第2しおじ」が午後3時半、「第2しおかぜ」が午後5時半となりました。これが下りですが、上りは「第1しおかぜ」が新大阪着が午後12時40分着から始まり、「第1しおじ」は午後2時40分、「第2しおじ」は午後5時42分、「第2しおかぜ」が午後8時40分到着となっておりました。つまり、東京駅からの新幹線「ひかり」の接続時間を考えると、一番遅く出る「ひかり」で、10分での接続時間で考えると、午後1時に出たら、広島駅には9時間で到着する流れとなっていたわけです。逆に、東京駅は午後11時50分着となるわけです。その後、昭和41年10月ダイヤ改正では、151系電車の能力強化で、181系電車として改造したわけで、それがこの日にずれ込んだわけです。
イメージ 3(キハ82型)だからというわけですが、この山陽特急では異色といわれた直流区間のみという列車は2系統に分かれるのですが、「しおかぜ」が短命だったことを言うと、その後、「しおじ」がどのようになっていくのか、それは昭和43年のダイヤ改正となる「ヨン・サン・トオ」の改正の話が、かかわってくるのですが、それは、次回に回しますので、お楽しみにしていてくださいね。
(N)ということで、次回は、「しおじ」と「しおかぜ」の吸収合併による山陽本線特急エースの誕生についてです。それでは。