名列車列伝特集 11-7「新幹線を支え、山陽路を支えた名特急! 07」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「しおじ」編の第7回です。実は、今回で、本編が終わるという形になります。
イメージ 1
(Kt1641F)どういうことでしょうか?
イメージ 2
(Hs1208F)どうなっているの?
(N)実は、「しおじ」の運転期間は、11年しかありません。のちに、名列車となった「つばめ」と異なり、活躍の時期が短いこと、それについて、お話していきます。
イメージ 3
(クハ481型初期)さて、今回で事実上最後となるのですが、新幹線の博多駅開業に関してのわずか3年の出来事をお話します。しかし、「しおじ」編のお話は、それで終わるわけではありません。
イメージ 1
(Kt1641F)では、「新幹線を支え、山陽路を支えた名特急」の第7回です。
イメージ 3
(クハ481型初期)で、昭和48年3月1日より、山陽本線特急が、交直流両用車両の特急車両が運転する状態となったころ、実は山陽本線の輸送量が限界を感じていた国鉄では、この改正以降、大規模な改正は行わなくなってしまいます。皆様も、この話を通して感じているのは、国鉄は本気で「新幹線化」への舵を切ったのだということで、私たちもそれぞれの任務地に移動するかもしれないということを覚悟しておりました。
イメージ 4
(クハネ581型)それに、その年の10月が第ダイヤ改正としては最後となります。実は、この関連については、「なは」編でも詳しくやっていきますが、電車特急では、485系電車の運用本数は、「つばめ」の5往復、「はと」の5往復、「しおじ」の4往復、「みどり」の2往復、「なは」の1往復を含めた17往復を担当、一方で、583系は「つばめ」3往復、「しおじ」の1往復と昼行特急4往復に、寝台特急が8往復の12往復となっておりました。
イメージ 5
(キハ82型)実は、九州幹線で一番遅れていた日豊本線の電化が、南宮崎駅まで到達するのですが、その時点で新幹線の博多駅開業まで時間がなかったわけです。
イメージ 1
(Kt1641F)ずいぶん急だったのですね。しかし、新幹線開業なのにもかかわらず、このような状況となったのか…。
イメージ 3
(クハ481型初期)実は、新幹線に移行するには、運転士の習熟並びに、車掌の育成が必要でした。それはマンガ『カレチ』で、普通の運転車掌(略称「レチ」)から、試験をパスして、新幹線の車掌を担当する人を養成するというわけです。
イメージ 2
(Hs1208F)そういうことですか、確かにその通りですね。私も、近鉄さんにお世話になるときに、運転形態を理解するため試運転したことを覚えておりますが、山を登った仲間は、いろいろと教えてくださったのは覚えております。
イメージ 1
(Kt1641F)もしかして、習熟させるためですか?
イメージ 3
(クハ481型初期)その通りです。新幹線の習熟度を上げるためともいわれております。そして、昭和49年10月1日改正で、日豊本線南宮崎駅の電車化により、「みどり」が宮崎駅行き便に延長されたと同時に、「日向」も電車化され、ディーゼル特急は「かもめ」がその牙城を守っておりました。一方、「しおじ」に関しては、何の変化もなかったわけでした。
イメージ 4
(クハネ581型)ところが、私たちはこの特急運用の役割を終えることになります。それが、昭和50年3月の「山陽新幹線全線開業」ダイヤ改正で、通称「博多駅開業」ダイヤ改正でした。この結果、「つばめ」を含め、昼行特急は全廃となり、その対象として「しおじ」が入っておりました。結果的に485系電車の運転4往復と、583系電車の運転1往復は、新幹線に吸収される結果となっておりました。
イメージ 1
(Kt1641F)あまりにも、悲しい最後だったのですね。
イメージ 4
(クハネ581型)唐突だったのかもしれませんが、実は、新幹線の開業が目の前に迫っていたことは事実ですし、もともと、山陽本線は貨物を含めて、運転本数が多く、また、西側に行けば行くほど、周防及び長門地方に横たわるリアス式海岸で思うようにスピードが上がらないという欠点もあって、新幹線の開業を早くも待ち望んでいたという事実はあります。しかし、昭和50年時点で全列車の新幹線化は難しく、夜行列車系統の一部が残ったものの、それも現在消滅するという形となってしまいました。
イメージ 5
(キハ82型)それに、彼らが果たした役割というのは、大きかったと思います。当時の大都市圏となる京阪神と、山陽地域は昔から廻船業及び交通が発達していたことを考えると、この地域に必然的に、特急列車の通り道となったのは、言うまでもないのですが、山陽地域の発展に貢献したのは、事実ですし、彼らの活躍が高度経済の時期とも重なっていたことも、彼らの後押しをしていたというわけです。
イメージ 1
(Kt1641F)確かに考えられますね。しかも、重要な場所ということだったわけですね。
イメージ 5
(キハ82型)その通りです。で、次回の第8回ですが、後付けであるのですが、「しおじ」とともに生きた仲間たちの、その後について、軽く述べます。それと、「しおじ」が果たした役割についての後編です。