名列車列伝特集 12-1「東北圏内の寝台特急の発展に貢献した名特急! 1」

(N)さて、本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「はくつる」編となります。というのですが、今回は第6弾と同じように、東北本線特急のお話です。
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(Kt1641F)さて、今回は寝台特急「あさかぜ」編と同じく、寝台列車の歴史からお話したほうがいいですよね。
(N)ええ、そうですね。
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(Hs1208F)ということは、今回は寝台特急「はくつる」編となります。「東北県内の寝台特急の発展に貢献した名特急」の第1回です。さて、登場車両ですが、だれが主役となるのでしょうか…。
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(EF58型)まず私から始めましょう。
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(Kt1641F)おねがいします。では始めましょう。
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(EF58型)北海道に向かう急行が運転開始した話から始めましょう。東北本線と常磐線が運転されている部分は、基本的に当時私鉄だった『日本鉄道』ですが、運行されている列車に、急行が投入されました。そして、上野駅と青森駅を結ぶ列車と、上野駅と仙台駅の間を結ぶ列車が担当しておりました。ただ、上野駅から北側に向かう列車が、海側を走る路線を基本的に、常磐線がメインロードとして運転されておりました。
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(Hs1208F)つまり、急行列車が運転されていたということですか?
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(EF58型)その通りです。これは、明治39年の出来事です。それが、順調に進みますが、その後、東北本線経由の急行と、常磐線経由の急行に分かれていきます。実は、この話は、『名列車列伝特集 06-1「日本版『フリーゲンダー・ハンブルガー』を飛躍させた名列車!1」』で、ナレーターさんが説明されていたわけですが、実際に、大正元年では、所要時間が20時間を切っておりました。大正2年にも所要時間がさらに、短縮されていたわけです。
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(Kt1641F)ということは、さらに時間を短縮されているわけですか?
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(EF58型)それだけですが、実は急行の運転時間は、年を追うごとにスピードをアップしていきます。大正6年で17時間に短縮するとなっていきました。年を追うごとに、時間を短縮していきます。ところが、戦前のことですから戦争が拡大するごとに、急行列車が縮小します。その後、戦後直後に、話が移りますが、東北本線の急行が復活するのは、意外に早く昭和20年となります。
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(Kt1641F)ということは、戦後すぐということではないですか!
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(EF58型)そうですね。急行列車が早くも運転されていたということから、東北地方を結ぶ列車がどれほど重要だったのか、それがわかるかもしれません。その後、系統整理を経て、東北本線を走る急行は、常磐線経由が主流となり、列車名に「みちのく」と「北斗」という愛称がつくことになります。
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(Hs1208F)しかし、気になることがあるのですが、常磐線経由の急行が設定されていたのはわかりましたが、東北本線に需要がなかったわけではなく、スピードが出せるから、ということで、本数が多くなったわけですか?
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(EF58型)その通りで、平地を走る区間が長い常磐線経由が、峠道を多く要する東北本線に比べて、運用が楽だったわけです。そして、「はくつる」登場までこの状況は変わらなかったわけです。ということで、次回は、その「はくつる」と「ゆうづる」が登場する時代にまで進みます。
(N)エンドコールありがとうございます。

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