「いこーや、なごーや」、リニア館への旅 03

本日の話題の2本目は、「鉄タビ」本編から「いこーや、なごーや」の旅、第3回です。

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さて、私の乗った21000系21103編成に乗って、名古屋駅に向かっているのですが、
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列車は、八尾市の高安駅を通過して、柏原市の河内国分駅を通過します。ここからの解説ですが、なぜ名古屋という場所に、近鉄が進出したのか、もともと、名古屋には何があるのかについてお話します。
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もともと、現在愛知県となっている地域は、2つの旧国名から成り立っております。私たちが向かう目的地は、名古屋ですが、名古屋は「尾張国」に属しております。かつて、日本が大宝律令を制定した大宝元年、西暦で701年に地域区分で東海道に編入されております。ちなみに現在の都道府県に置き換えると、東海道に該当するのは合計7都県となります。内訳は、三重県、愛知県、静岡県、神奈川県、東京都、千葉県、茨城県となります。
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実は、その時から、当時の首都圏となる「五畿」から一番近い場所となるのが、三重県となるのですが、愛知県は東海道の中では、伊勢にも近いことから、陸路、海路で重要な拠点となっていたわけです。
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そのため、名古屋市の南東側に熱田神宮が建立されました。実は、この熱田神宮について、面白話が松尾光氏編集、『近鉄沿線 謎解き散歩』に載っております。
近鉄名古屋駅から、名鉄改札口を経由して、普通列車で少し行ったところにある神宮前駅が最寄となるのですが、
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熱田神宮は、この場所から西側に行ったところで、徒歩で3分にあるのですが、この場所に祀られている「草薙剣」のことです。しかし、この剣の元の名は、「天叢雲剣」で、出雲の地で出たもので、かの地に祀られたという点では結びつきません。この裏には、「日本武尊(オウスノミコト)」の存在が大きくかかわってきます。
何故、「日本武尊」がかかわってくるのかですが、東日本に暮らしていた蝦夷(この名称は、実際の歴史でも見ることができます。神話の世界からだいぶ後となる、平安初期で、この時に征夷大将軍の身分が登場することになります)の征伐時に、火攻めに遭った「日本武尊」が、草を薙ぎ払ったことにちなむものです。
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この直前、伊勢にいたおばのもとを訪ねております。この時に、授けられたのが、「天叢雲剣」で、上の出来事がきっかけとなって、名称が変更となったとされていると、『日本書紀』に記されております。
ところが、王権を宿す剣というのは、各地でいろいろな伝説が付与されて、様々な名称で残されているため、名称の統一が図られたという事情があったわけです。ちなみに『日本書紀』のその後の記述では、「日本武尊」は東日本の平定を行い、尾張で宮簀(みやず)姫をめとりますが、伊吹山の神が乱暴だという一方に触れ、討伐に出立。しかし、「草薙剣」を置き忘れたため(なんだか人間っぽい)、その毒に当たってしまい亡くなると記されております。
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そのため、尾張の地に、「草薙剣」が祀られることになったというわけです。悲劇的な話となりましたが、こういった由来があり、彼らの功績をしのんで、熱田神宮に3種の神器の一部があるということになっているのです。私も一度行ってみたいと思いますが、今回の旅の目的には合わない(天候の都合により)ことから、やめておきましょう。
2人を乗せた「アーバンライナー」は奈良県内に突入、
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この後は、奈良盆地を東に進みます。ということで、近鉄名古屋駅まで後1時間30分。私とS氏の二人は、「アーバンライナー」に揺られていきます。
次週は、大和八木駅に到着するまでと、大和八木駅から東に向かいます。次回をお楽しみに。それでは。