名列車列伝特集 12-5「東北圏内の寝台特急の発展に貢献した名特急! 5」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「はくつる」編ですが、今回は、昭和43年のお話です。実は、昭和40年に「はくつる」の兄弟列車「ゆうづる」が誕生してからのお話以後です。実は、変化がございます。
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(Kt1641F)へ、変化⁉
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(Hs1208F)どういうことですか⁉
(N)実は、東北本線の全線電化が昭和43年8月に完成した後、「はくつる」が電車特急への転換されることになるわけです。それと「ゆうづる」が常磐線の夜行のエースへの一歩を踏み出すことになりそうです。
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(Kt1641F)それでは、「はくつる」編の第5回です。それでは、EF58型さん、今回から登場しますED75型さん、そして583系クハネ583型、さらに、クハ481型さんも緊急参戦させていただきます。皆様よろしくお願いします。
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(EF58型)さてさて、昭和41年に入った時からですが、「はくつる」と「ゆうづる」の2列車が運転されている中、常磐線経由の「はつかり」がディーゼル特急車両として運転されておりました。そして、昭和42年の10月からED75型がいわき駅から盛岡駅の間を結ぶことになります。また、「はくつる」は黒磯駅と盛岡駅の間を引っ張っていく事になりました。しかし、需要に対する供給がどのように追いつくのか…国鉄上層部は、供給にどのように対応するのか、頭を抱えていく事になります。
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(ED75型)さて、私も話にかかわってくるのですが、実は、私はED75型の中でも最終形態に属しているタイプで、この時に担当していたのは0番台で、私の兄貴に当たります。昭和42年10月の常磐線の電化で、活躍の場が広がり、ついに昭和43年の東北本線の全線電化が完成します。私も晴れて、黒磯駅、及びいわき駅から青森駅までの区間の運用に活躍できるようになったわけです。しかし、それも長くは続きませんでした。
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(Kt1641F)どういうことですか?
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(クハ481型初期)これについては、昭和42年10月にデビューした581系電車での成功があったことから、寝台電車のサービス充実と、速達化を図ることができたことが大きいためです。これは「しおじ」編でも少し触れたのですが「みどり」と対をなす列車として、新大阪駅と博多駅を結ぶ列車として「月光」が設定され、好評を博したことも少なからず影響を及ぼしておりました。当時の国鉄上層部は、「即戦力」を求めていたこともあり、短期的な戦略であったことから、このような措置が取られたのかもしれません。ただ、平成6年から客車列車として復活する際には、速達という呪縛から解放されたのも要因かどうかは分かりませんが、EF81型電気機関車が、上野駅と青森駅間通して運転していく事になります。それは、この話の後半に出てくるお話ですので、頭の片隅に置いておいてください。
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(クハネ583型)当時、そういった事情で、交直流専用車両として、485系電車と583系寝台電車が正式にデビューし、その担当列車として「はくつる」と「ゆうづる」が1往復ずつ、それぞれ充てられることになりました。ちなみに、EF81型電気機関車が誕生するのは、まさにこの年ですが、本格的に運用に就くのは、昭和47年からです。
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(Kt1641F)それだとしたら…、東北本線の全線電化で電気機関車がすべてスルー運転になるのはいつからですか?
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(EF58型)いやいや、実は、現在でも貨物は、スルー運転を行うのはごく一部で、多くは、黒磯駅で入れ替えを行うことが多いですよ。ただ、昨年の交直流切替位置の変更で、通して運転するのは、あまりなかったといってもいいかもしれません。ただ、速達性を重視していた車両は、通しで運転する形になっていたのですが、それが旅客列車で、いち早く実現するのは、それから20年後のお話です。
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(ED75型)まあ、その間には、私とEF65型などの直流電気機関車たちとのリレーによって、運転されていたので、私たちも何とか、仕事をもらうことができましたが、昭和63年以降は、EF81型電気機関車が主役となり、私たちは、貨物の運用で食いつなぐことになりました。ただ、速達列車にとって、機関車の付け替えは、時間ロスの一つに挙げられるほど、当時は、大量速達輸送が課題だったということになります。
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(クハネ583型)ただ、それから12年後、寝台特急「ゆうづる」がその影響を受けることになります。それについては、昭和50年代編でお送りしますが、この列車についても、茨城県の水戸駅からED75型に切り替えてロングランが行われております。どうなるのでしょうかと思われますが…。実際に、交直流区間でロングランができない機関車が使用されていたわけです。その時は、EF80型ですが、後々EF81型電気機関車が使用されるまでは、主役として運転されていたのですが、機器がEF81型とは異なり、設備自体が不十分だったといわれております。そのため、茨城県を経て福島県のいわき駅まで向かうのみで止められてしまったのです。
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(Hs1208F)機関車の交換…、なんだか本末転倒というか…。
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(クハネ583型)まあ、特急「ゆうづる」と「はくつる」が、どういうことになるのか…、昭和44年以降の話を、話を続けていきます。それでは。

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