「いこーや、なごーや」、リニア館への旅 05

本日の話題の3本目は、「鉄タビ」本編から「いこーや、なごーや」旅の第5回です。

さて、私とS氏を乗せた7列車名古屋駅行き特急(甲特急)は、奈良県の県境を越えて、三重県内に入りました。
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西の名張市に入ったのですが、実は名張市には停車せず津市に停車するまで、ノンストップで走っていきますので、この場所を通過していきます。
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名張駅は、伊賀地方の中心駅となっており、甲特急以外の特急以下の列車が停車します。実は、私も名張駅では降りたことがないのですが、実は名張市は、古くからの城下町で、一度は訪れてみたいです。
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2番線を堂々通過し(こちらは、3時間後の列車ですが)、伊賀市に入ります。
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伊賀市の中心部を結ぶ伊賀鉄道の連絡駅、伊賀神戸駅を通過。
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すぐ隣駅の青山町駅を通過して、青山峠に挑みます。
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実は、この場所にも歴史に深いお話があります。実は通過した美旗駅の近くに、ここには古墳が多く建造されており、独特のデザインが施されております。皆様は、前方後円墳の形を想像できるでしょうか…、とくに有名なのは、堺市堺区にある百舌鳥古市古墳群のシンボル「大山古墳(旧称仁徳天皇陵古墳)」を思い浮かべる方が多いかもしれません。
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実は、この美旗駅を周辺となる古墳群は、前方が小さくなるという現象が起きているのです。どうしてなのか…、実際には、4世紀から5世紀にかけて建造された古墳から、この現象には特徴があります。つまり群雄割拠の状態が続いていたため、大きな権力を持った政治家がいなかったということになります。
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では、その5世紀中ごろから、強い権力基盤を持った政治勢力が誕生したと考えられており、大和朝廷との道東の交渉力を持った人材がいたことを証明しております。
実は、『古事記』などの伝承記紀には、記述がないものの雄略天皇(生没年不明)が、埼玉県から出土した剣の刻まれた文字から、推定されている年代だとすると、「辛亥」年が471年ということ(理由は、「辛亥」の「辛」が、十干十二支の「かねのと」に当たり西暦年数で下一桁が「1」と表記されることに由来することから)になりますので、その時代もしくは、允恭天皇末期の時代と推定されていますので、その時代に有力な王族がいた可能性はあり得るのではないかといわれております。
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そんな中で、私たちを乗せた7列車は、東青山駅を通過して、津市に入ります。
ということで、次回は、三重県内の津市を経ていったん松阪市に入り、再び津市に戻るという未体験ゾーンのお話をしていきます。次回をお楽しみに。それでは。