名列車列伝特集 12-7「東北圏内の寝台特急の発展に貢献した名特急! 7」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「はくつる」編の第7回ですが、「あけぼの」が誕生する昭和45年に入ります。さらなる飛躍を遂げたのが、「ゆうづる」でした。
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(Kt1641F)そういえば、万博の話がなかなか、出てこないと思いますが、影響はあったのですか?
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(Hs1208F)確かに、全国的なイベントですので、影響はあったと思いますが…。ということで、「東北圏内の寝台特急の発展に貢献した名特急!」です。
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(クハネ583型)さて、東北本線で運転されていた特急「はくつる」に加えて、昭和45年に奥羽本線に夜行寝台特急が誕生することになります。実は、奥羽本線の特急は昼行を走る「つばさ」だけで、夜行列車の主役は急行が担っている状況でした。そこで、昭和45年3月に、「津軽」の1往復を格上げして、臨時特急として上野駅と秋田駅を結ぶ列車名として「あけぼの」が誕生することになりました。この列車が、3往復化されるうえ、最後まで20系客車を使用した寝台特急となるのでした。
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(ED75型)ところが、この客車特急は多くの問題を抱えておりました。実は、これは「つばさ」でもぶち当たった問題ですが、実は電気機関車の牽引する列車には、重量の関係が重くのしかかっておりました。このダイヤ改正により、特急「ゆうづる」も増発を受けることになりました。実は、「ゆうづる」の1往復再度増発することになります。ここで、「あれ?」と思った方は、ここで解説をするのですが、昭和45年8月1日に、寝台特急列車で1往復が運休したことが原因で、3往復化から2往復に戻されてしまったのです。
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(Kt1641F)どうしてこうなったのでしょうか?
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(クハネ583型)まあ、そのために、寝台特急「あけぼの」が青森駅行きとなったのですが、寝台特急「あけぼの」が、「ゆうづる」と同じように青函連絡ができたのかという疑問がありましたが、それは2時間後で連絡できる形では、無理だといえることから、連絡関連のダイヤとしては考慮されていなかったわけです。
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(Kt1641F)確かに、連絡ができないという点から考えると、どういう役目を追っていたのですか?
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(ED75型)正確に言えば、北東北の観光輸送を目的としていた部分があります。ただ、それを逆に解釈すると、北海道連絡を担うのはエースであった「ゆうづる」で固定されているため、増発されることになりました。しかし、その関係から「ゆうづる」号が、季節急行「おが2・3号」が格上げ列車の対象となってしまったというわけでした。
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(クハネ583型)まあ、基本的なダイヤ改正では、これ以外にも、常磐線を走る「はつかり」が運転されるなど、東北新幹線が完成する前まで東北本線、常磐本線などの昼行及び夜行特急は、増発に次ぐ増発を繰り返すことになりました。
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(Kt1641F)それほど需要が、できたのでしょうか。
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(クハネ583型)実は、「ゆうづる」の増発便は、「ゆうづる2・3号」ですが、この列車は、私たち583系で運転することになりました。この列車は、「はくつる」の運転されている時間で関係するためか、午後9時5分発となり、青森駅には午前6時50分着となります。実は、9時55分発ですので、50分ほど早く出発しておりました。また北海道側では、5・6Dの「おおぞら2・1号」が連絡列車として新たに加わり、以下のルートとなったわけで、2025Mを与えられた下り「ゆうづる2号」と5Mで存続している「はくつる」から、函館駅で5Dの下り「おおぞら2号」と15Dの網走駅行き単独列車となった「おおとり」に接続していました。一方で、上り列車は、上り「ゆうづる」が青森駅に早く到着する青函連絡船と接続したため、16Dの「おおとり」の連絡を担当し、青森駅で2026Mを与えられた上り「ゆうづる3号」接続して、午前9時2分に上野駅着となりました。一方で、6Dの上り「おおぞら1号」の連絡を担当するのは、6Mを与えられている上り「はくつる」と役割分担が行われたわけです。
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(Hs1208F)これで、往復数は増えるということですね。
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(ED75型)そうですが、このため寝台列車の需要が、さらに高まることになりました。これが、昭和47年3月の山陽新幹線部分開業である「岡山駅開業」で、20系客車を使用した「ゆうづる4・1号」の増発につながっていきます。しかし、20系客車を使用した列車は、その後も増発されるのですが、編成の共通化に伴い1等寝台、から変更されたA寝台が、2両連続して共通化したわけです。というわけで、昭和50年代のダイヤを見ていきます。次回をお楽しみに。それでは。