名列車列伝特集 12-11「東北圏内の寝台特急の発展に貢献した名特急! 11」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「はくつる」編の第11回ですが、昨週の第10回で、寝台特急「北斗星」の誕生に「ゆうづる」がかかわっているというお話をしていきました。
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(Kt1641F)で、今回は昭和60年のダイヤ改正から、JR時代に入ったころの東北各線の寝台特急についてお話します。
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(Hs1208F)では、「東北圏内の寝台特急の発展に貢献した名特急!」の第11回です。それでは、クハネ583型さん、ED75型さん、EF510型さんよろしくお願いいたします。
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(クハネ583型)まず、寝台特急は、上野駅から東北方面に向かう系統を路線関係なく書いていきますと、東北本線のみを走る「はくつる」が1往復、常磐線経由で青森駅に至る「ゆうづる」が電車のみ残って1往復、客車列車では、奥羽本線経由の「あけぼの」が青森駅まで2往復、秋田駅までを結ぶ列車で1往復と3往復を堅持しており、羽越本線経由の「出羽」が1往復という体制でした。ちなみに上野駅から秋田駅を結ぶ列車は、合計4往復存在していたことから考えても、いかに多くの列車運転されていたのかがわかりますよね。
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(Kt1641F)ええ、しかし、東北本線系統が2往復しか運転されていないのは、「北斗星」の影響が大きいのでしょうか?
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(ED75型)それは、その通りですが、東北本線は新幹線が岩手県盛岡市の盛岡駅まで伸びていたこともあり、寝台特急を走らせなくても、速達列車で午後7時に出てしまえば、何とか間に合うと言うダイヤが組まれていた影響が大きかったといえます。当時の速達列車では、途中に仙台駅にしか停車しない便すらあったくらいですので、対応した「はつかり」にも、583系が担当していた列車がいました。ただ、運用上及び、構造上の問題で、485系が函館駅に向かっていたくらいなので、寝台列車の需要はますます低下する一方だったわけです。そして、もう一つは、航空路線の自由化による急拡大があります。これに頭を抱えていたのが、JR各社です。貨物鉄道はともかく、旅客列車を運転する旅客鉄道会社は、これに頭を抱えておりましたから、速達列車の設定に躍起になっていたのです。それが現れてしまうのが、私も運用を担当していた「あけぼの」です。
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(Hs1208F)どうして…「あけぼの」ですか?
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(クハネ583型)実は、私も臨時列車で担当させていただいたのですが、実は「あけぼの」の運転区間は、電化区間の割合が低い場所を走っており、奥羽本線の福島駅から米沢駅までの区間は、急勾配が続く区間であることが知られておりました。
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(Kt1641F)それって、板谷越峠のことですよね。
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(EF510型)正解です。客車列車では、機関車にけん引力がある車両を用いたことも多く、直流機関車では、2種類が担当していたころもありました。後に上越線にコンバートしたEF16型と、中央線で性能を発揮したEF64型がそれに当たります。
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(クハネ583型)しかし、交流区間に代わってからは、ED78型、EF71型が一手に引き受けておりましたが、平成初期の平成2年に山形県内への直通新幹線の工事を開始し、輸送力の増強を図ったJR東日本が、夜行列車の整理を行うことに相成り、秋田駅行きの「あけぼの」を統一という形で、1往復削減したうえで、羽越線経由に変更し、名称も変更して「鳥海」と名乗らせると同時に、「出羽」が秋田方面の身に出る列車として運転される形に代わりました。
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(ED75型)ただ、それも長続きせず、在来線直通新幹線の相次ぐ開業によって、廃止に追い込まれた列車が出てきます。その後、寝台列車の需要が低下していく事になってしまうわけです。
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(クハネ583型)そして、電車寝台列車にもその影が忍び寄っておりました。そして、それが、「あけぼの」の運命を大きく変えます。一方の列車は、陸羽東線のディーゼル機関車に惹かれるため、東北本線をEF81型電気機関車が牽引、陸羽東線はDE10型ディーゼル機関車が運転、その後、新庄駅に出た後は、青森駅までED75型700番がけん引していたため、かなり複雑な経路で運転しておりました。実は、臨時列車で運転された「あけぼの81・82号」は、電車列車で運転されていくため、仙山線経由とならざる負えず、このため、スイッチバックを行い青森駅に向かう体制へと変化していきました。同様に、この問題は、急行にも波及し、同区間を走っていた「津軽」が早くも電車急行として583系を使用した列車となりましたが、それも平成5年のダイヤ改正で、消えてしまう運命となります。同時に残っていた東北本線急行の名門である「八甲田」も同様に、利用客の伸び悩みから平成5年のダイヤ改正で、消えることになります。実は、「八甲田」にはバイクを積むことができる「モトトレイン」の車両が連結されており、重宝されていたようですが、これも徐々に消える運命となります。
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(EF510型)しかし、「北斗星」の陰で多くの列車たちが、厳しい事態に直面していたのは、私たちの運命とも似ている部分もありますね。まさか、「北斗星」もこの運命に飲み込まれていくとは、思いもよらなかったのですから…。
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(ED75型)それは、私たちも同じで、「まさか!」というのが起きるのが歴史ですから…。それは、兄さんから聞かされたこととも重なりますね。それより、EF510型君も、災難だったと聞いているけど、EF81型さんから受け継いだ運用を全うしたのだから…、肩を落とすことはないと思うよ。
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(EF510型)ありがとうございます(T_T)。しかし、実は、「はくつる」編は、この次に再び変化が起きます。その前に「北斗星」の人気は、うなぎのぼりの状態になっていくのですが、そのために、第8弾の「おおぞら」編で登場したあの列車名が復活し、さらにグレードアップした車両が試験的に導入されることになります。ということで、次回のテーマは、「変貌『北斗星』」です。ということで、次回をお楽しみに。それでは。

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