「いこーや、なごーや」、リニア館への旅 12

本日の話題の2本目は、「鉄タビ」本編から「いこーや、なごーや」旅の第12回です。

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さて、私が撮影を続けているのですが、私も乗ったことのない車両ばかりですが、実は近鉄名古屋線の採用している路線には、面白いお話があります。実は、画像の右側にある狭軌を採用しておりました。これは、建設した企業が異なっていたのです。
これは、大変面白いお話ですが、大阪電気軌道グループ傘下にある「参宮急行電鉄」と「伊勢電鉄」との競合で、伊勢神宮参拝客争奪戦を繰り広げておりました。
「伊勢電鉄」が採用していたのが狭軌軌道路線でした。しかし、伊勢神宮参拝客争奪戦に勝利した「参宮急行電鉄」側が関西急行鉄道に改称し、近鉄に改称した後、一時期、貨物路線の設定として、狭軌軌道を採用しようとしておりました。
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その証拠として、2227系電車には、狭軌改造を想定した台車が装着できるように、改造されていたそうです。
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この計画は、太平洋戦争が長引くことを予期した計画でした。しかし、史実では、太平洋戦争が昭和20年8月に終結し、計画自体が消えてしまう代わりに、名古屋線を標準軌化を考えるようになるのですが、昭和30年代以降に本格的に行おうと考えていたのです。
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ところが、昭和34年9月、それを一変させる出来事が起こります。伊勢湾台風が接近しておりました。この伊勢湾台風は伊勢湾内の輪中地域に、ひどい被害を被りました。
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そして、近鉄名古屋線の改軌工事と復旧工事を行います。それが…、
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名車といわれる10100系が運転する名阪特急の黄金期を迎え、国鉄列車に対して優位に立っておりましたが、これが東海道新幹線を運転することになったのです。
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そして、この東海道新幹線は最新技術を導入し、信号システムを大幅に改良したのです。実は、信号は鉄道車両の運転台に入っております。各々の列車に運転されている先頭車両の一組で運転されております。
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そして、地震対策もかなり行っております。その最たるものとして、東日本大震災での対応がそれに当たります。そして、その安全対策は、世界一の安全で、脱線事故を起こさない鉄道という称号に結び付きます。
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そして、モーターの性能もかなり大きくなっていきます。こちらは、初代新幹線といわれた0系と、300系のモーター構造で、0系はコンパクトですが、300系は大型ですね。
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その機器を取り換える作業がこちら、こちらは、台車の走行試験と呼ばれるものです。
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そして、300系を正面からとらえたのが、こちら。運転台が見えませんね。
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そして、国鉄からJR初期を代表する100系と、初代0系です。こちらは、初期車ですね。窓の面積が広いのが特徴ですが、100系は初めての2階建て車両を新幹線で導入したのですが、これについては、次回のお話に回します。ということで、次回をお楽しみに。
それでは。