「いこーや、なごーや」、リニア館への旅 13

本日の話題の2本目は、「鉄タビ」本編から「いこーや、なごーや旅」の第13回です。で、どこまで来たのかといいますと。

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ところで、私が、初めて新幹線に乗ったのは、わずか2歳のことで、私の親せきの結婚の時に、新大阪駅から東京駅の往復していたことがありますよ。それが右です。
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しかし、100系はこれが特徴です。食堂車ですね。こちらも初めてです。実は、試作車の9000番台が連結されております。この上の階に上っていきますが、それは後程となりますので、お待ちくださいね。
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0系の顔をしておきながら、路線点検のエキスパート、初代ドクターイエローの見学に行ってみます。
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こちらは、現役時代の検査風景を記録した画像ですね。普段は見られない光景ですよね。そして、
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こちらは、説明部分ですね。実際に路線を運転できるようになるのは、こういった列車のおかげですよね。
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実際に、各私鉄でもそういった例があります。近鉄では、2410系2411編成を改造した24系「はかるくん」がありますし、ドクターイエロー的な存在といえば、阪急では4050型などが知られています。そういった人たちがいるということを、忘れてはならないといえますね。
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さて、車両展示で一番珍しいものがこちら、普段顔を出さない中間車両です。こちらは、0系の中間車両ですね。
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そして、「なつかしい」という声を上げる方もいるかもしれません。パノラマグリーン車両のトップを切って、国鉄特急色をまとった381系のクロ381型です。こちらは、中間に扉を設置したパノラマ車両の元祖といったところですね。
イメージ 9こちらは、東海道及び、信越方面、中央本線系統の急行で活躍した165系電車です。終焉といわれているのが、紀州半島を縦断する快速列車として運転されておりました。
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こちらは、サロ165型ですね。2両連結されていたのが印象的でしたよね。実は、今見ているのは中間運転台車両ですね。
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そして、ディーゼル特急車両の代表作、82系気動車です。最晩年は「南紀」と「ひだ」で活躍していました。かつては、
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長距離特急車両の代表格で活躍しており、何度も「名列車列伝特集」で登場してくださっております。そうそう、「はくつる」編が第12弾でしたが、早くも第13弾の「くろしお」で再度登場となる予定です。
ということで、次回も車両撮影となります。次回をお楽しみに。