あれから24年(パート6)

(N)さて、本日の話題の2本目は、「雑記」より、「阪神淡路大震災」特集のパート6、今回は阪急電鉄の復興編に入ります。
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(Hk7013F)さて、阪急電鉄の復興は、路盤の復旧から始まりました。実は、現在の神戸三宮駅付近は、駅舎ビルが倒壊しており、大変でした。実際に仮設駅舎で営業を再開したのですが、阪神間の路線復旧は、時間がかかりました。これは、山側を走っていた事におおきな特徴があったからです。
(N)確かに、大変ですね。
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(Hk8003F)そうですけど、自然災害ですから、仕方がないですよ。そのため、私と先輩で梅田駅と西宮北口駅の間を往復しておりましたから、物足りなを感じていたのは、事実です。
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(Hk7013F)で、私達だけでなく、先輩達も、不甲斐なさを感じていたのは見ていて感じとることはできました。よく、愚痴を聞かされましたが、災害ですからとなだめることしかできません。
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(Hk8003F)それから、3ヶ月が経過したのですが、ようやく神戸市東灘区の近くまで運転出来るようになりました。しかし、まだ、神戸三宮駅迄は到達出来ていませんでした。実は、ライバルのJRは、全線の復旧が完了したことから、大きく旅客で溝を開けられることになります。
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(Hk7013F)そして、それから2か月後の6月に全線の復旧が出来たのですが、阪神電鉄と共に、旅客流出を、止められなくなってしまうのです。では、次回は阪神電鉄の復興についてですが、阪神さんはどうしたのでしょうか?
(N)と言うことは...後編も?
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(Hk7013F)あるかも。それでは。次回をお楽しみに。