あれから24年(パート9)

(N)本日の話題の2本目は、「雑記」から日記みたいなもの...ではなく「阪神淡路大震災」特集の復興編の神戸電鉄のお話です。
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(Kt1641F)ようやく、運用から戻ってきました。「名列車列伝特集(国内編)」のアシスタントの1641編成ですが、今回は神戸電鉄の復興編ですか。
(N)そうですね。今回もいろいろ話が聞けそうですよ。
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(Kb1108F)その前に、神戸電鉄の被害状況をご説明いたします。地震発生当日の状況は、最悪で終日運転再開ができない状態でした。揺れによる建物の倒壊といった被害は無かったものの、路盤関連の被害が大きく、主要路線の有馬線の復興が、大きなウエイトを占めておりました。
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(Kt1641F)と言うことは、粟生線や、
三田線は被害が少なかったのでしょうか?
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(Kb3012F)1641編成さん、まさにその通りで、三田線、粟生線は阪神間のバイパスルートとして、阪神淡路大震災の復興を支えるルートとして運転されておりました。それに呼応する形で、有馬線の有馬口駅と鈴蘭台駅間が1月19日に開通します。
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(Kb1108F)わずか2日後に開通するのは、比較的遅いように見えますが、神戸市内の方では、比較的早い方に当たります。どう言うことかと申しますと、神戸市は山側を越えた地域も、行政区画の範囲としており、鈴蘭台駅は北側の拠点となる場所です。そのため、大阪駅から被災当時の神戸市に入るには、新三田駅までの快速を利用し、三田線三田駅から鈴蘭台駅行きの列車を乗り継げば、神戸市内に着くことができる訳です。
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(Kb3012F)ただ、そこから先が難工事で、長田駅迄が2月7日に、有馬温泉駅(現在の新有馬駅)は3月になってから、全線での復旧ができたのは、6月中旬となりました。しかし、この時点で、阪急、阪神の路線の復旧も完了していましたので、当初の目的は十二分に果たしたといえます。
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(Kb1108F)今から思えば、この4ヶ月間は、お世話になった方々も多いはず。さらに、神戸市内に親戚のおられた方は、利用されたのではないでしょうか。
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(Hk1007F)そんなことがあったのですね。先輩から話を聞いていたのですが、他の方からも聞けるとは、思いもよりませんでした。
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(Kb1108F)阪急の1000系の1007編成君でしたね。あの時は、私達も必死になって、神戸市の被災者を運びましたよ。それも今となればいい思いでですよ。
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(Kt1641F)さて、次回は「阪神淡路大震災」がもたらした影響について、お話ししましょうか?
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(Kb1108F)そうですね。それがいいですね。
(N)次回は、明週月曜日です。次回記事をお楽しみに。それでは。