あれから24年(その後)

(N)さて、本日の話題の2本目は、「雑記」から、「阪神淡路大震災」特集のお話です。今回は、その後のお話です。

イメージ 1

(Hs1208F)今回は、どんな話になるのか、楽しみですね。

イメージ 2

(Kt1641F)特に、阪神と山陽電鉄の関係が変わると聞いたのですが。

イメージ 3

(Hk7013F)実は、三者がそれぞれ直通する特急の対応が問題となり、三社の首脳部は、協議を行いました。

イメージ 4

(Sy5012F)そこで、纏まったことは、2つあります。1つは阪急電鉄の須磨浦公園駅までの乗り入れの停止、もう1つは、阪神電鉄と山陽電鉄の区間を通しで走る特急の設定です。昭和43年の神戸高速鉄道の開業以来、各駅停車しか走らなかった神戸高速鉄道線内に、初の通過駅を持つ特急が誕生したことを意味しておりました。その指定車両として、山陽電鉄からは、私と、後継となる5030系が選ばれました。

イメージ 5

(Hs2207F)他方、阪神は6両で構成した車両は、全て行けるとのことでしたが、選ばれた系列は私と、8000系、そして、阪神淡路大震災の復興のシンボルとなる9000系でした。9000系に至っては、現在奈良県を走れば、姫路に走ると言うことで、将に、東奔西走が似合う車両となりましたね。しかし、山陽電鉄のダイヤに配慮して、15分に1本と言う形にし、そこから外れた列車を須磨浦公園駅行きの特急とすることで調整を計りました。

イメージ 6

(Sy3030F)まあ、そんなわけで、山陽電鉄と阪神電鉄の直通が本格的に始まった訳です。ただ、これはJRに対抗する勝負玉といえました。実は、神戸高速鉄道の復旧が遅れていた関係から、早期復旧したJRに旅客の流れが変わりました。これは、安さで勝負していた民鉄としては痛い事実でした。これを受けて、両者は、直通特急を新設するに至るわけです。

イメージ 7

(Hk8003F)須磨浦公園駅行き特急の運転から撤退を決めた阪急は神戸高速鉄道東西線の新開地駅で接続するダイヤを、設定して、利便性の向上を狙います。つまり、神戸市内の民鉄は打倒JRに燃えていたわけです。

イメージ 5

(Hs2207F)将に、震災から3年経った頃のことですよ。これが今に至るわけですから、この時の首脳部の決断は、評価に値しますね。
(N)そうですね。それでは、次回はそれぞれの評価をしてもらいましょう。それでは。