あれから24年(その後2)

(N)さて、本日の話題の2本目は、「雑記」から「阪神淡路大震災」特集のその後の2です。

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(Hk7013F)さて、今回は阪神淡路大震災の復興の後のお話ですけど、直通特急設定以降のお話ですね。

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(Kt1641F)実は、今回は私達にも関わるお話で、「阪神淡路大震災」の与えた影響をお話します。

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(Hs2207F)さて、今回は直通特急の運転開始からのお話ですが、山陽電鉄、阪神電鉄ともJRに対抗して、さまざまな対策を打っていたのですが、JRには強力な切り札がありました。それが特急並の快速力を誇る「新快速」です。これに対抗するのは、少し無理がありました。

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(Sy3030F)ちなみに、私達の武器は運賃の安さで、私達は安くて便利な列車を目指して、運転していました。

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(Hk8003F)確かに、準民鉄である山陽電鉄は、公営でありながら民鉄の扱いに属するJRに挑むのに、少し無理があり、大手民鉄の阪神と組まない限り、生き残れない可能性がありました。そこで、阪神が名乗りを挙げたのですが、そこにとんでもない事態が発生します。阪神淡路大震災から11年が経った平成18年のことです。

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(Hs1208F)どうして、阪急所属の貴方が、お話しているのでしょうか?

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(Hk8003F)実は、救済したのが、私達の所属する会社だから、当事者なのよ。
(N)そう、ホワイトナイトに名乗りをあげたのが阪急電鉄だから、これで良かったのかも。

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(Hk7013F)それは、村上ファンドによる買収事件です。これに阪神の株主が猛反発したため、敵対的TOB(株主公開買い付け)で構成をかけたのです。これを重く見た阪神電鉄は、阪急電鉄に「ホワイトナイト」を要請しました。これがかえってのでしょう良かったといえます。

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(Kt5802F)そうですね。このお陰で、3年後に阪神なんば線が開業したのですから。

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(Hs2207F)確かに、なんば線の開業は、この出来事がなければ実現できなかったことです。奈良県と兵庫県の県庁所在地を乗り換えなしで結ぶことができたわけですから。

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(Kt5802F)そうですね。私達も神戸に行くことができるのは、楽しみですから(*^-^)。
(N)と言うことで、阪神淡路大震災を鉄道を通しで見てきましたが、如何でしたでしょうか。あの時は、まさか、あんなことにならないと、思っていたことでも、起きてしまった後では、各鉄道を次の段階に上げて行くきっかけだったと言うことが見えてきます。本年は震災から24年と言うことで、特集を組みましたが、震災を伝えていくのは、大変な作業であることに変わりはありません。皆様も神戸を訪れた時にはこの事を思い出していただけると幸いです。それでは。