名列車列伝特集 13-13「紀伊半島の縦断した名特急13」

(N)本日の話題の2本目は、「名列車列伝特集」の「くろしお」編の第13回ですが、今回は、昭和60年のダイヤ改正からの特急時代となった紀勢本線と、「くろしお」、「南紀」の大活躍をお話していきます。
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(Kt1641F)この1年の間に何が起きたのか、それをお話するのですよね。
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(Hs1208F)楽しみです。ということで、「紀伊半島の縦断した名特急」の第13回です。実は、この番号では、サブタイトルがあるのですよね。確か「さらば、急行『きのくに』」です。…って、まさか、急行列車の全廃⁉
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(クハ381型)その通りです。実は、その改正から10年前の昭和50年に戻って、今回のお話をしていきます。昭和50年の国鉄で大きな出来事が起きておりました。いわゆる「スト権スト」と呼ばれるものです。私たちの運行する予定だった路線も含めて、国鉄全路線が運転をストップする事態となり、さらに乗車運賃などを含めた値上げ改定が相次いだため、国鉄利用者は下降する事態となりました。同じころ、航空路線の拡大、高速バスビジネスの拡大が行われており、急行列車の打撃が全国で拡大していたのです。これが、ライバルとの競争に対応できるのかといわれると、実際に無理になところでした。そこで、10年後となった昭和60年のダイヤ改正で、国鉄は大鉈を振るうことになります。
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(キハ82型)それが、急行列車の本数削減と、特急列車の本数増発です。しかし、私の紀勢東方面の影響は、紀勢西線の影響よりも幾分が抑えられておりましたが、紀勢西線は急行列車を一気に特急化させることとしたのです。ところが困ったことに、絶賛量産中だった381系電車は、「まつかぜ」編で昭和57年に電化されていたことから、その部分にも振り分ける必要があったこともあり、車両数が足らないという問題が発生してしまうのです。実は、これがJR化した今でも行われております。実は、急行列車の消滅は、あの会社とのライバル関係が再燃することになります。
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(Nk7149F)それは、私もかかわっている「サザン」の登場と関係してきます。実は、南海難波駅と和歌山市駅を経由するディーゼル急行の乗り入れを停止して以降、阪和間のライバル関係が復活することになりました。実は、自由車両は7000系と7100系を使用し、特急専用車両は10000系で運転を行っていくのです。
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(クハ381型)しかし、特急化する車両をどうやって調達したのか、その答えは、「白鳥」編で行った北陸本線の特急車両をそのまま転属させて、特急「くろしお」として運転を開始します。実は、この措置は、381系電車の入線が完了するまでの臨時措置ですが、クハ2両を挟む4両固定編成で運転され、2編成を連結した重連となる運用もあったわけです。
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(Kt1641F)そんなことがあったわけですか!!
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(キハ82型)実は紀勢本線の急行が全廃となるわけですが、それでも生き残った急行は残っておりましたが、「志摩」号と呼ばれる列車で、その翌年の昭和61年のダイヤ改正で、全滅する羽目となります。また、意外にしぶとく残ったのが、急行「かすが」です。廃止時はわずか1往復となっておりましたが、平成20年まで生き残りました。
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(Kt12245F)あの頃は、私が「志摩」号に引導を渡すとは思っていませんでしたが、実は、当時の近鉄特急は、京都駅先発の特急が3方面4往復で、賢島駅行きが1時間1往復、橿原神宮前駅行きが1往復、奈良駅行きが2往復が1時間あたりに走っていたのですから、それに対抗できないわけです。
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(Hs1208F)確かに…。その通りですね。
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(キハ82型)その時点で大阪難波駅及び、大阪上本町駅始発の伊勢方面特急も運転されていたことから、「志摩」号の伸びは一気に下降することになってしまうわけです。そして、特急「南紀」の運転は5往復化されております。さらに、私も82系の車両の老朽化も避けられない事態が起きておりました。実は、北海道で残存していた「おおぞら」の状況とは異なり、降雪がない地域を走っていたということから、老朽化がそれほど進まなかったという点は、よかったのですが実は「ひだ」が高山本線を走っていたことから、降雪による老朽化が起きておりましたので、置き換えが必要になったといわれておりました。
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(クハ381型)しかし、82系先輩の改良は国鉄からJRに置き換わってから開始されることになったわけで、485系の臨時措置については、381系電車の増発が完了して昭和61年のダイヤ改正で、それをもって、485系は福知山線全線電化する点から、現在の「こうのとり」になっている系統の創設にかかわってきます。そして、特急「くろしお」に関しては第14回で、昭和62年にJR化後の列車について大きな変化が起きてきます。それが現在の「くろしお」への流れとなっていきます。次回のお話は、「くろしお」の大変身と、悲願の都心部乗入のお話です。ということで、次回のお話をお楽しみに。