タイトル:第三章 北田一美 15

その次の日、再び話し合った。その話とは、ラフィ・エメラルディア・ソル・ライト・セイラ・ラフェリアの事である。
「それより、何か分かりましたか?」
と優香が聞いてきた。ここは、一美の部屋である。昭代は、どうしようかと、考え込んでしまった。
「一美様、どう言う事を考えているのか、分からないのですが、広州をいったいどうするのですか?」
それに対して、一美は、
「広州だけではない、この中華をどうするかを聞きたいのだ。」
確かに、多くの人から意見を聞くのは、一美の取り柄だからだ。だが、その頃、1人の男子が、一美たちを変えるきっかけを作る事になる。ただ、その男の子の到着を待たねばならない。
所は変わって、イングランド7カ国コロニー王朝連邦こと、イギリスコロニー連邦にある男の子がいた。名前は、ネギ・スプリングフィールドこの時はまだ7歳の子供だった。しかし、その彼は、名門校とも言えるメルディアナ魔法学校を首席で卒業してしまったのである。
その時に、最終課題を言い渡されるのだが、それが、一美たちと大きなかかわりを持ってくるのである。
再び戻って、広州コロニー、その受け入れる側、「麻帆良学園」と言う、中高一貫校がある。そこに、願書を提出していたのが、一美だった。普通は中等学部から自動的に上がる子もいる。しかし、外から来る者たちもいて、彼女は普通の高校として、ここを選択したのである。
まあ、受け入れ先はこう言う事だが、その選択肢に残しておいたことで、一美は、猛勉強をしながら、世の中の動きに目を光らせた。
時はP.W.1609年10月、一美の何でもない生活が、半年後に一変するのに気づくまで、時間がなかった。

再び、イギリスにもどって、卒業式の会場がどよめいていた。よりによって、齢10にもならない子供を、遠くの国に行かせるとは…、どう言った事を考えているのだと、思えて仕方がなかった。それは、教育制度上、教員になれる年齢は決まっているのである。日本の制度を参考にしているとはいえ、齢10で教員と言うのは考えづらい。
旧日本国の『教育基本法』が定める教員指定には、次のような事が書かれている。簡略化して箇条書きにすると、
1. 児童ないし生徒の人格の完成と、自主性を持ち、健康的な国民を育てる事。
2. 時間、場所、身分以下云々に対する制限はせず、学問を受ける自由を尊ぶ事、また、それは、男女に平等でなくてはならない。
とある。次に、教育に関するもう一つの法律として『教育公務員特例法』では、定義に、次のような事が書かれている。これを簡略化すると、
3. 教員(教育公務員)は、教育、専門教育(たとえば中学校の教員、高校の教員)の職員の事を指す。
とある。決定的な条文として『教育職員免許法』では第2章第5条で、次のように記している。それを簡略化すると、
4. 教育普通免許状(教員免許状)は、『学校教育法施行規則』に定めた、教育プログラム(小学校、中学校、高等学校などの教育を受ける)の単位を取得した者及び、大学もしくは文部科学省の規定する養護教諭養成機関で、これと同等の単位を取得した者、また教育職員検定試験(教員試験)の合格者に授ける。ただし以下の条件に1か所該当するものがあるなら、これを与えない。
1・18歳未満
2・高等学校を卒業しない者(通常の課程以外にこれに相当する過程を終了しない者も含む)。但し、文部科学大臣から高等学校の卒業した者と、同等か、もしくはそれ以上の資格を有する者。
3・省略。
4・禁固刑受刑者、またはそれ以上の刑になった人物。
5・免許を取り上げられ、それから2年経過しない者。
以下の条文については省略。
となっている。
さて、この男の子の教育プログラムと言うと、10歳にもならない人材が、教員になれるのは、『教職員免許法』により、難しいのを通り越して、あり得ない。つまり、
1・18歳未満
2・高等学校を卒業しない者(通常の課程以外にこれに相当する過程を終了しない者も含む)。但し、文部科学大臣から高等学校の卒業した者と、同等か、もしくはそれ以上の資格を有する者。
に該当してしまうからである。だからと言って、そんな事はあり得るのか。
イギリスでは、公立の学校と、インディペンデントスクールと呼ばれる独立学校に分かれ、義務教育が日本より2年早く始まるようにできている。だが、義務教育の修了試験が16歳に至ってから、GCSEと呼ばれる義務教育修了試験を受けるのは日本と大して変わらない。
また、高等学校に当たる「シックス・フォーム」では、大学受験に必要な頭脳を磨く為に時間を費やしている。
この場合は、それに似合ったものか…、インディペンデントスクールだとしたら、あり得るが、それだと「パブリック・スクール」しかなく、その「パブリック・スクール」の開始年齢は11歳から、ボーディングスクールの名門「ハロウ・スクール」は13歳から、「イートン・カレッジ」も13歳から始まる為に、中高一貫校としての性格が強いので、10歳以前で首席卒業となると、かなりの成績を収めた逸材と言う事になってしまう。
完全な飛び級と言えるだろうか、ましてや、教育関係に関しては、教育論、教育実習、それぞれの学部に因る専門科目の受験などなど、多くの時間が割かれる事になる。
ましてや、公務員試験となると、そう甘いものではない。年に数百倍にも上る、競争率に勝ち残る頭脳が必要となる。それは、大学受験の人は比べ物にならないほどだ。教員免許は取れても、教員試験は受かる事のない人材もいるそうである。
それを彼はやってのけたのは、「魔法」と言う能力に限定したからではないか…、といった声も聞かれた。しかし、彼はそれに関して何も気にしていなかった。
実際に、そのような才能を持っていたと、史書には書かれている。
ただ、この時は、自分の将来が教員ではなく、民を守る役職に就くとは思っていなかった。

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