タイトル:四章 女神の導き 07

それから、2日後の卒業式で一美は、無事に中学を卒業し、1月後には高校に進学する事が決まった。ただ、兼人は事実上高校生ではあるものの、その優秀さを買われ、州政府の公務員に抜擢される事が決まったのである。普通「大波」での公務員は、年齢が制限されており、特に公務員試験に応募できる年齢は、18歳から25歳までと制限される事が大きい。これは、主に優秀な若者を、選抜する為に出された方法の一つであるが、それ以外に、「宗教倫理に影響されやすい世代に限定した」との批判も浴びた。
これにより、優秀な人材を監視する為に、監視官が置かれると言った事にはなったものの、それでも中華族側から、批判が集中していた事は事実だったようである。
ある中華族出身の職員が、残した日記によると、
〈これは、誰もが体験している事かもしれない。私の周りには、「目」がある。その「目」は、常に私を睨み続け、事あるごとに、私に対して、異様なもののように見続ける。何があるごとに、私は非難の的となってきた。唐時代の杜甫は、「春望」で、
渾べてを簪に勝えざらんと欲す
と述べているように、今や中華族の状況は、まさに、髪止めで、止められないほど年を取っているように思える。これをどうするかは、我々の同士に、任せなければならないが、どうしようもない。〉
つまり、多くの中華族には出世は望めず、高級官僚に登れる人材は、ごく少数派に属し、少数派であればある程、立場が弱くなり、いい所で州政府のトップ、悪ければ、雑務に専念する下級官僚が、多くを占める状況になっていたのである。
ここで、歴史を学んでいる方や、歴史に興味のある方、特に東洋史に詳しい方は、これはどこかで聞いた事のある事だと、思われた人も多いのではないだろうか。
実は、この時代と似た時代がある。それは、この時代からざっと3000年前の中国に、モンゴル族を頂点とする「元」という国家が存在した。
この国家には、厳しい身分階級制度があり、モンゴル族を頂点に、西洋世界(ヨーロッパ)とイスラム教勢力を中心とする「色目人」と呼ばれる系統を第2階層、「漢人」と呼ばれる今の満州族と北原地方に住んでいた漢族、第4層にその他の漢族と言う形で「南人」があり、「南宋」と言う国家が存在した時に中心だった人材がここに押し込められたのである。それの末路は、「元」の滅亡となってしまうのであった。
そして、その滅亡後、勃興した国が「明」であった。これがA.D.1368年、元号で至正28年、日本では室町時代の初期、ちょうど足利義満が第3代将軍として政治を行う年であり、元号は北朝応安元年、南朝長慶23年の時であった。
それから、考えれば、東洋世界を変える上で、「大波」の命は少しずつ、殺がれ始めていたのである。

一方、この時に高校生となった人物がいる。名前は源ちずる、後に一美が福州にいた時に、出会う人物であるが、この時は、まだ一美の名前も、反乱、そして「大波」の命が短い事も知ることはない。
その彼女にも秘密はあった。しかし、まだ明かす事は出来ない。その女性が、高校生となった今、多くの中華族が反乱を起こす「紅巾の乱」まで、数カ月しかなかったのである。
しかし、この時、ちずるには分かっていなかった。一美に出会うまでは…。だが、ちずるは新聞を読むと言う事になったので、話は聞くようになったのかもしれない。
しかし、福州にも反乱の兆しは見え始めた。ちょうど、その頃、一美は高校に関する手続きを終えていた。ちょうどクリフ、優香に会って、今後の事を話そうと思っていた。
一美の話を聞き、クリフたちは、これからどうするかを話し合った。
「これからは、我々は別々の高校に行く事になってしまう。だから、色々と連絡を取り合って、何かあったら、私に知らせて。」
そう言うと、クリフと優香は、頷いていた。それから、他の男性組員と組んで、行動するようにと連絡を回し、一美は、頻繁に兼人と連絡を取るようになった。
特に、兼人の家や、職場に行くようになった。
「一美さん、またまた来てくれたのですか、今回はまたあの話ですか?」
一美は頷いて、中に入った。その部屋には、同僚もいないのだが、周りを確認している。どうやら、周りに監視の目があるような感じである。
「実は、理解してくれる人がいまして、彼も協力して、改革に乗り出してくれています。だから、今の状況下で、どうなるのかは分かりませんが、彼の場合は、なんとかなります。」
一美は、彼の耳元に、唇が近づくぐらいの距離で、小さな声で、
「それで、その人がどう言ったことをやっているのです? それが、分かれば、なんとかできそうですけれど…。」
確かに、担当者が分からなければ、何ともできないと一美は思っていた。今度は兼人が、耳打ちする。
「それが、人事担当の官僚で、それも州知事から、信任を得ている人です。その彼に直接呼ばれたりしております。」
監視官の目を、かいくぐる命がけの行動、それが、一美の情報源になっていた。それも限界が来ると一美は考えていた。
監視官が存在する以上、改革を届ける人材が、出てこない可能性が強いからだ。それが出来なければ、もう1つの手を使い、監視官を捕らえる。これが、一美の頭の中にはよぎってきた事だった。

そして、ラフェリアは、宗治と共に、ある街に向かっていた。その街とは、香港コロニーである。広州の手前に広がる島々のコロニーの中に、彼らの向かうコロニーがあった。
香港中央コロニーを主とする香港島は、広州とは別地域になっていて、貿易港ではなく、先端技術都市の特区に指定されていた。交易路の間にある貿易拠点として、開発された広州とは違い。
ハイテク機器、ナノテクなどなどの、工業関係は他を圧倒するほどの工業地帯が広がっていたのである。
実は、香港はそう言った工業都市としてだけではなく、防衛の最前線基地であって、その防衛の為か、多くの市民が戦争の巻き添えを食う事があったのである。
最近の例では、インドネシアのパンジャビー王朝が、大波地域を攻撃すると言った事件が発生していた。その紛争に因る孤児たちが収容される所も、この香港島だったのである。
実は、この2人以外にも、穂積と教員の紀子も、同行していたのである。
「香港島は、南の防衛ラインの要で、前にパンジャビー王朝が周辺地域を襲った、『香港事件』では、多くの戦闘員が、戦死したと伝えられております。」
孤児たちは、瞳を一斉に訪問者に、向けていた。ここは、広州商団の開設した孤児院で、子供たちは親戚からも引き取られないほど貧しく、そして弱弱しそうに見えた。
「どうして、そんな事が…。」
穂積は、あたりを見回して、そう言うしかなかった。その言葉しか出なかった。
「国を守る為に、多くの人々が死ぬのが戦ですから、その戦で犠牲になった人や、残された遺族を保護していくのが、私たちの課せられた仕事です。」
その時、1人の少女が、穂積の服をつかんでいた。穂積が振り向くと、その少女は、何かを訴えるような眼で、穂積を見ていたのである。

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