タイトル:女神の導き 22

だが、項徳は革命を考えていたわけではなかった。故郷に引きこもり、相手が暴政を尽して倒れる事を、願ったのである。その時こそ、自分たちが立ち上がる事が出来ると確信していたのだから、当然の事と言えば当然と言えるかもしれないが、はたから見てしまえば、消極的と言われて主おかしくないものだった。
だが、兵法を学ぶ者の多くは、この消極策を非難するのではなく、称賛するものが多いと言えるかも知れない。理由は、この兵法、正しく言えば孫子(孫武と孫頻を指す)の『兵法』では、相手の疲弊を狙う為に、自らの力を蓄える事が重要とされているが、クラウゼヴィッツの『戦争論』では、大兵力を投入して、敵をせん滅すると言うものがほとんどである。それに対して、孫子にこんな言葉がある。

凡そ用兵の法は、国を全うするを上と為し、国を破るは之に次ぐ。軍を全うするを上と為し、軍を破るは之に次ぐ。

大方、用兵の方法は、国と闘わないで屈させる事を上策としており、国と闘って屈させるのは次善策にすぎない。次に、軍を戦わずして屈させる事が上策であり、軍を破る事は善後策にすぎない。

そう言う事である。つまり、戦わないまま、相手を屈させる事が、最善の策だったのである。項徳は、それを心得ていたからこそ、撤退と言う策を講じていたのである。
だから、『戦争論』を戦略の柱にしている軍人にとっては、理解しがたいものだったのかもしれない。
しかし、多くの中華族の人々は、彼の行為に理解を示していた。その理由は、多くの人々が『兵法』の精神を理解していたからであり、その精神をもとにしたものだと、思えたのである。さらに、この事態に対して早くから警告を鳴らしていた人物がいた。
それが、君主であるはずの樋賦琿その人であった。しかし、その忠告も無視して、ムハンマドは項徳を切ったのである。これが、ムハンマドの首を、絞める結果になった事は言うまでもないが、しかし、それに気づくのには、7年と言う時間がかかった。
そして、それに気づいた時、一美との力は逆転していて、一美を抑える事の出来ない状況に陥らされたのである。それは同時に、『大波』と言う国が崩壊する事につながるのであった。

項徳の故郷である南京、もともとは寿春コロニーと呼んだこの地、後に、『明』の首都となるコロニーに、彼は屋敷を持っていたのである。それゆえ、彼自身は壮大な屋敷を、多くの人々に開放していたのである。まるで、行政施設的な部分が大きかったのである。だからこそ、多くのならず者も集まってくるのであった。
その中には、劉岳と言う人物もいた。彼はわざわざ、永安から船を乗り継ぎ、ここ、南京コロニーにやってきたのである。
「実に、人が多いなぁ。ここが南京コロニーか…。」
劉岳は感嘆の声をあげていた。まさにその通りである。ここは、多くの人々が暮らす大都市なのである。だから、多くの欲望が渦巻いており、人々が、ビジネスとかなんだらかんだらで、時には事件が起きると言う事もあるのだ。
注意してみなければ、言いがかりをつけられてしまうかもしれない。それを気にしながらも、彼は項徳の邸宅に向かった。
「なんとかして、話さないといけないが、どうすれば信用してくれるやろう。」
実は、多くの住民の代表者として、彼は南京にきているのである。聞いてほしい事を託されてからと言うもの、彼はまともに眠ることすらできなかった。
代表者としてのプレッシャーが、彼に覆いかぶさっていたのである。

実は、項徳自身も、永安暴動を耳にしていた。なぜなら、この事件は、多くの注目を集めていたからであって、この事態が何を示しているのかを的確に読み取っていたからであった。
つまり、多くの国民が、『大波』を毛嫌いしているだけでなく、反乱を起こして自分たちの国を建てようとしている事だと映ったのである。だから、この国の本当の姿を取り戻すために、彼らは精力的に動いていたのである。
つまり、今までの「レコンキスタ」と呼ばれるスペインの国家回復運動に、似た空気が漂っていたのである。実は、同じ事が、600年前にも起きていた。
当時、いくつかの国々に分かれていた中華地方を、一つにまとめ上げ、『斉』を作った時も、「レコンキスタ」を掲げて、中華の人々は立ち上がったと言う例がある。これは、当時北方国家のイスラム化により、徐々に、イスラム教が浸透していく過渡期で、この時は、中華族の信頼を受けて中華側に付いた勢力もあり、この時は、国家を作るなど考えてもいなかったようであった。
だが、今回の場合は、本当の「レコンキスタ」と言う事になりそうである。多くの国家が乱立するのではなく、人々の小さな運動から始まる。そう項徳は考えていた。
ふと扉を叩く音がして、
「どうぞ。」
と彼が、声をかけた。そわそわと入ってきた人物は、劉岳その人だった。
「これは、劉岳殿だったかな?」
項徳は、彼を招き入れた。
「いやぁ、本当に眉が白いですなぁ。…あっ、これは御無礼を仕った。確か、永安の事で、相談があるとお聞きいたしたが…。」
劉岳は、
「項徳様が、今回の事をどう思っているのかと、お聞きいたしたくて、この場に自らの足できたのですが…。」
と述べた。項徳は、
「これは、長旅の所、御苦労を極めたでしょう。」
とねぎらった後、
「確かに、変化が出てきている事は事実です。それより、私は、広州の動きが少し気になっているのですよ。」
と考えを述べた。
「どう言う事ですか?」
劉岳は、その意味が分からない上、どうして、広州の動きが、この事件と関係するのか、分からないままだった。
「実は、広州でこういった動きが起これば、国の行政としての機能は失われてしまうと言う事を、意味するのです。それに、広州は南方貿易の主要港としての地位があります。それゆえ、政府は、それを手放したくはありません。」
と言葉を切った。確かにそれは事実である。つまり、広州をドル箱として位置付けている『大波』にとって、広州の離脱は、国家の財政に大打撃を加える事を意味している。要は、そこからの運上金や、税金などが入ってこないと言う意味があるからだ。
それゆえ、国家にとっての最大の弱点を、突く事になりかねないのである。
「と申しますと、これからの広州の動き次第で、『大波』の運命が決まると言う事と、理解してよろしいのでしょうか?」
と劉岳が尋ねた。
「確かにそうなるだろう。だが、そうとも限らないかもしれない。」
項徳の答えは曖昧だった。
「どう言う事です?」
確かに納得がいかない。
「それは、彼らの意思で、本当に国家を打ち立てたいなら、反乱か暴動を起こすだろう。それをしないと言う事になるとすると、広州は別の手で、『大波』を倒すかもしれない。」
項徳の言葉に、劉岳は首をひねったままだった。

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