近鉄特急で「天理臨」を見る…。01

本日の話題の2本目は、「鉄タビ(臨時便)」から「天理臨」の撮影旅のお話です。さて、「天理臨」を話す前に、天理臨が運転される理由となる「天理教」とは何だということから話を起こす必要があるので、「なるほど…わからん。」と言った方にもわかりやすく説明いたします。

さて、「天理教」は江戸時代に誕生した新興宗教団体とされておりますが、その教祖は「中山みき」という女性です。なお、江戸時代の中でも天保年間と呼ばれ、歴史に詳しい方は、「ああ、そういえば、『異国船の打ち払い』がたくさん発生していた時期やね」とか、時代劇ファンの方であれば「『遠山の金さん』の時代やね」と思われた方も多いですよね。実際には、この時期は、列強諸国が日本近海に出没していた時期でもありましたので、不安がよぎる世の中で会ったことは間違いないといえます。その中で、天理教がこういった時代背景でできた宗教となったわけですが、実際に天理教が関西地方各地に浸透しているのは、私がかつて下宿していた京都でも、「天理教」の道場(教会といえばいいのかどうか…?)があったのは、私も覚えております。

さて、その「中山みき」は、どういう人生を送ったのか…、皆様が気になるのは、そこですよね。
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もともと、「中山みき」は諸説あるので、鍵括弧を付けているのですが、前川(読み方は「まえがわ」)半七正信と呼ばれる庄屋の娘として、育ちました。特徴的な部分といえば、信心深いという点です。実は、彼女の実家は浄土宗を信仰しており、当然のことながら彼女も浄土宗を信仰しておりましたが、実はあることがきっかけで、「天理教」を開くことになります。
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実は、数え22歳で同じ庄屋の中山善兵衛のもとに嫁いだ「みき」さんは(西暦では、1810年)、息子が足の病気を発症してしまい、祈祷師を呼んだのですが、その依り代となる人物がいない(当時は、病気を科学的に説明するのが難しかった時代で、蘭学が江戸や、長崎のみだったことから、当時は祈祷師がいたという)、ということで、「みき」さん本人が依り代となったわけです。
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ところが、その中で「みき」がまるで別人となってしまうという現象が起きたのです。我は天の将軍なり」といったとか、「大神宮」という形が、憑依してしまうというという現象を起こしてしまったわけです。そして、数え41歳で、布教活動を始めたのが「天理教」を創立されるきっかけを作ったというわけです。それにより、周りの村の貧民に対して、財産を分けていくのですが、実はその前に、「みき」自身が耳朶区に引きこもってしまい評判が悪くなっている状態となりました。史実でも庄屋としての中山善兵衛氏の名前は天保10(1838)年の「天理教」の創設以降は消えてしまっています。実は、『古事記』にも同じような記述がありますが、それをまねたのかどうかは、わかりません。
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といったことで、彼女は「狂気の沙汰」といわれているのですが、そして、彼女の死後、純粋に「天理教」が活動を始めるのは、明治時代以降となっていくのですが、その「天理教」の活動が活発化していくのは、明治時代以降になっていきます。
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さて、話の舞台は再び現代に戻り、本年の1月26日に移ります。私は大阪難波駅に向かうことになりました。実は、26日(ただし旧暦での1月26日なので、新暦に直すと2月18日なので、実は間違っているといわれております)が「天理教」の教祖の月命日となっており、その日に、臨時列車が運転されているというわけです。実は、全国から臨時列車が運転されております。
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実は、この「天理臨」には、天理駅行急行や、天理駅行特急が運転されているうえに、それだけでなく、名古屋駅方面からの臨時列車として運転されているのですが、今回は、その車両もとることができたわけです。
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大阪難波駅に向かいますが、
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どういうルートで行くのか迷いますが、王道の近鉄奈良線経由での平端駅に撮影されていきます。
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乗っていくのは、上から二番目の奈良駅行急行です。出発時刻は9時32分となります。
さて、さっそく階下のホームに行ってみます。
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実は、12245編成です。実は、ク12345型がラッキーナンバーです。どういうことなのかといいますと、民鉄ではこういうきれいに並ぶ番号が
ないといわれております、実際に南海電鉄は最新鋭では、12000系ですが、実際に編成数が少なく、関西私鉄でも10000番を名乗っている車両でも、製造数が少ないのが現実です。
では、関東の場合はどうかというと、東武鉄道の10000系が存在しますが、このような連番を使う方式がなく、2連の10000系クハ12200型と、10030系のクハ12230型の番号では、12206から12250番までが欠番扱いとなるので、この番号自体が存在しません。
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それゆえ、全国の鉄道でも珍しい番号であることは確かなようで、1230系モ1234型とともに、近鉄ファンの間ではラッキーナンバーとして知られているわけです。
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さて、私が乗っていく奈良駅行急行は、隣の1番乗り場で待機しておりました。実は、「近鉄難波駅」時代は、特急車両が縦列停車するということでも知られており、今でも一時的ですが、その光景を見ることができます。
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さて、説明もそこそこに出発しましょう。大阪難波駅を午前9時32分に出た奈良駅行急行は、大和西大寺駅に向かいます。
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乗車した編成は、1230系1272編成です。
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停車駅は、大阪難波駅を出ると、日本橋駅、大阪上本町駅、鶴橋駅、布施駅と停車し、大阪府内最後の停車駅石切駅の順番になります。
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鶴橋駅で22000系の大阪上本町駅行特急(乙特急)が入線してくるところをとらえたところで、次回の記事に移ります。次回は、奈良県内に入ります。ということで、次回をお楽しみに。それでは。

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