晩秋の明日香、壷阪寺へ愛と奇跡の旅 04

本日の話題の2本目は、「鉄タビ(臨時便)」から「晩秋の明日香、壷阪寺へ愛と奇跡の旅」の第4回をお届けします。
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さっそく旅と行きましょうか、ということで、午前11時半にお昼を食べた、私と「しまかぜ」氏の二人は、すぐ南隣の壺阪山駅に向かいました。乗車した列車は、6200系6201編成(トプナン)の吉野駅行急行、4両単独編成のローカル列車です。実は、フリーチケットの範囲はここまでですが、壺阪山駅から壷阪寺までの交通費は別途支払うこととなりました。
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どうして、こうなるのかといいますと、もともとわたくしが購入していたフリーチケットは、飛鳥地方をターゲットにしているため、飛鳥地方と吉野地方の中間に位置する壷阪寺は、飛鳥地方には入らないとされていたからです。また、壺阪山駅と壷阪寺は意外にも離れており、歩くと1時間はかかってしまうということも判明しておりました。しかし、運よく壷阪寺に行くことができたのですが…。
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どうしてかと申し上げますと、実は岐阜県からやってきたグループのお方がいたことから、その人たちにご同行させていただきました。そのお方も、「バスよりも交通費が浮くから、いいですよ~」と仰ってくださったので、その方々に感謝いたします。本当に、本当にありがとうございます。
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さて、壷阪寺についたのですが、それにしても石仏が多いのが、少し気になります。その先には少し変わった集団墓地の場所があります。はて、どういうことだろうかと見まわしてみますが、何かインドのにおいみたいなものがあります。どうしてなのでしょうか。
後でわかったことですが、この壷阪寺は、インドでの慈善事業に尽力していることから、このような石仏などがあるそうです。
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そんなところを見つつ、改めてみると、日本の石仏が多いのですが、インド風のものもあるようなので、この後ご紹介します。
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ちなみに目指す本堂は、この画像から見て左手になり、その隣には五重塔が見えますが、右奥にも何があるのか、と考えてしまいますが、そこには、大きな…石仏があります。正体は、その時にご紹介しましょう。
ということで、次回は「インドと日本の融合」というサブタイトルで、話をしていきます。次回をお楽しみに。それでは。

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